袴田事件の無罪が確定(静岡地方裁判所令和6年9月26日判決)

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~冤罪(えんざい)と再審の問題点~

 
Q1.令和6年10月10日の新聞報道で「令和6年9月26日に静岡地方裁判所で言い渡された袴田事件の無罪が確定」との記事に接しました。冤罪(※)により再審無罪となったのですが、そもそも、なぜ無実の人が逮捕され、裁判で有罪とされるようなことが起きるのでしょうか。
A1.
 無実の人が逮捕されるのは、警察の見込み捜査の誤りが大半です。逮捕されると、警察官の職務熱心による自白の誘導、強要などがよく指摘されます。また従来は「自白は証拠の王様」ともいわれ、裁判所も自白偏重による事実認定のうえ有罪の判断をしていました。
 ※冤罪(えんざい)とは誤った裁判で有罪とされること、ウィキペディアによると冤罪または警察・検察による証拠の捏造であったことが裁判で確定した事件のみで125件を数えます。


Q2.自分が起こした事件ではないのに、どうして自白で自ら犯人と認めてしまうのかが理解できないのですが。
A2.
 もっともな疑問ですね。ところが一般の人にとって逮捕のうえ取調べを受けるのは衝撃的で、極度の不安、恐怖、緊張状態になるでしょう。その状態で、毎日まいにち自白せよと責め立てられます。人は、なんとか目の前の苦しみから逃れたい一心で身に覚えのないことを話してしまいます。
 また、一般の人は警察や裁判所を信じています。今はとりあえず自分の罪だと話しても、きちんと捜査してくれれば真犯人が見つかるはずだ、裁判できちんと説明すれば裁判官は分かってくれるはずだと思ってしまうこともあります。

 
Q3.仮に自白をもとに誤った裁判がなされ、その判決が確定した場合でも、再審(※)は認められるのでしょうか。 
A3.
 再審の制度はありますが、日本においては、「開かずの扉」と言われるほど、再審が認められることは稀れであり、冤罪被害者の救済は遅々として進んでいません。その原因は決して各事件固有の問題ではなく、現行の刑事訴訟法が施行されて74年を経た今もなお、再審の規定が僅かしかないという、再審制度が抱える制度的・構造的問題にあります。

※再審(さいしん)とは、裁判で確定した事件について、一定の要件を満たす重大な理由がある場合に、審理のやり直しを行なうことです。


Q4.再審規定のどのようなところが問題なのでしょうか。
A4.
 第1に再審請求手続における証拠開示の制度化が強く望まれます。
 第2に再審開始決定に対する検察官の不服申立ての制限が必要です。これらは、今回の袴田事件の裁判が参考となります。


Q5.袴田事件というのはどういう裁判だったのですか。
A5.
 事件の発生は昭和41年6月ですから相当に古い事件です。静岡県清水市(当時)にある味噌製造会社の専務一家4人が自宅で殺害され放火されるという事件が起きました。袴田さんはこの会社の従業員だったのですが専務一家殺害の容疑で逮捕されたのでした。彼は1日平均12時間、最長16時間20分に及ぶ取調べに耐え切れず、逮捕から19日後に自白します。その後の裁判では一貫して無実を訴えましたが、裁判所において死刑が言い渡され、最高裁まで争いましたが死刑判決が確定しました。
 再審前の裁判では、捜査で取られた自白調書45通のうち44通を取り調べそのものが違法だったと断じて証拠として採用しませんでした。その理由は「強制的、威圧的な影響を与えており任意性がない」「極めて長時間にわたり」「取り調べ、自白を得ることに汲々として、物的証拠に関する捜査を怠った」と非難しています。今回の再審後のやり直し裁判において、裁判所は、残る1通の検察官に対する供述調書も、人道上大きな問題がある取り調べであり、この調書を「捏造」として証拠から排除しています。


Q6.袴田さんの再審請求は極めて長い時間がかかったとされていますが。
A6.
 平成26年3月、二度目の再審請求で再審開始決定が出され、袴田さんは約48年ぶりに釈放されます。しかし、検察の不服申立てを受け審理は続けられることになり、令和5年3月20日、検察が最高裁への特別抗告を断念したことで、ようやく再審開始決定が確定しました。袴田さんの逮捕から実に57年の月日が経っています。これ自体大いに問題のあるところで、検察庁も再審手続について検証すると言っています。


Q7.今回の再審後のやり直し裁判の争点はどこにあったのですか。
A7.
 争点は再審審理と同様でした。袴田事件には自白のほかに有力な物的証拠がありませんでした。ところが、事件から1年2か月後、味噌製造工場の味噌タンク内から、血染めの「5点の着衣」が発見されます。袴田さんは自分の衣類ではないと主張します。しかし再審前の裁判所は「5点の着衣」が袴田さんのものであると認定し、これが有罪の決め手となって死刑判決が確定したのです。


Q8.1年2か月後に血染めの衣類が見つかったということは、公判中に新証拠が発見されたということでしょうか。
A8.
 それも不自然ですね。再審請求において弁護側が血の付いた衣類を味噌漬けにする実験を行ったところ、1か月も経たないうちに、血の色はどす黒く変色したのです。しかし1年2か月間、味噌に漬かっていたはずの「5点の着衣」には、鮮明な「赤み」を帯びた血液が付着していました。再審開始を認めた東京高等裁判所(令和5年3月13日決定)は、「5点の着衣」は発見される直前に何者かが味噌タンクの中に入れたとしか考えられない、そしてそれは捜査機関である可能性が極めて高いとまで言っています。
 そして、今回の再審後のやり直し裁判において静岡地方裁判所は、一歩踏み込んで、5点の衣類の発見とその証拠申請は捜査機関の捏造であると断定しました。


Q9.血染めの衣類の写真は、証拠として提出されていたのではないですか。
A9.
 「5点の着衣」のカラー写真は存在したのですが、検察は第二次再審請求に至るまで、このカラー写真を弁護側に開示していなかったのです。また、犯行着衣とされた「5点の着衣」のうち、ズボンはサイズが小さすぎて、袴田さんにははくことができませんでした。
 袴田事件では、たまたま裁判官の強い勧告もあって、再審段階で600点もの未提出証拠が開示され、その結果再審決定の道が開かれたのです。刑事裁判には「疑わしきは被告人の利益に」(推定無罪)という大原則があります。再審決定も、再審後のやり直し裁判でも同様です。


Q10.再審請求手続の立法化が強く望まれますね。
A10.
 再審請求手続は早急に整備される必要があります。ことに証拠開示の制度化と再審開始決定に対する検察官の不服申立ての制限は是非とも必要です。