住所等・氏名等の秘匿制度の創設について

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第1 はじめに
 令和4年5月18日に、民事訴訟法(以下、「民訴法」といいます)の一部を改正する法律が成立し、そのうち、住所等・氏名等の秘匿制度令和5年2月20日に施行されました。
 住所等・氏名等の秘匿制度は、一定の事情があれば、住所等や氏名等の情報を事件の相手方に秘匿したまま民事訴訟手続を進めることができる制度です。


第2 制度創設の経緯について
 改正前は、訴状に当事者等や法定代理人の住所及び氏名を記載しなければなりませんでした。また、訴状以外にも、第三者が裁判所に提出した書面の中に、当事者等や法定代理人の住所や氏名が記載されている場合がありました。改正前の法令では、相手方がこのような訴状や書面を閲覧等することを制限する制度はありませんでした。
 そのため、一方当事者がDV被害者や犯罪被害者等で、加害者である相手方を訴えるケースにおいて、相手方が訴状等の裁判資料を見て、被害者の住所・氏名等を知ってしまう恐れがありました。
 このような事態を危惧し、上記被害者が訴えの提起等を躊躇する場合があるとの指摘があり、今回の民事訴訟法の一部改正の中で、住所等・氏名等の秘匿制度の創設に至りました。


第3 秘匿制度の対象と要件
1 秘匿の対象となる情報(民訴法第133条1項)
 法文には、「申立て等をする者又はその法定代理人」の「住所等」と「氏名等」が秘匿の対象となる情報として記載されています。
 「申立て等をする者」とは、原告、被告、当事者参加人、補助参加人などを指すといわれています。「法定代理人」とは、親権者などを指すといわれています。
 「住所等」は、住所、居所、その他、通常所在する場所(例えば職場)であり、「氏名等」は、氏名その他その者を特定するに足りる事項(例えば本籍)と言われています。
 もっとも、証人の住所等、氏名等、申立等をする者の親族(法定代理人を除く)の住所等、氏名等については、秘匿の対象外となっています。

2 秘匿決定がなされるための要件(民訴法第133条1項)
 秘匿の決定がなされるための要件として、住所等又は氏名等が(他の)当事者に知られることによって、「申立て等をする者又はその法定代理人が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること」と規定されています。
 想定されるケースとしては、
 ①配偶者暴力(DV)の被害者と加害者間の訴訟で、被害者の現在の住所が知られ、被害者の身体等への更なる加害行為、被害者を畏怖・困惑させる行為がされるおそれがあるケースや、
 ②性犯罪の被害者と、その被害者の氏名を元々知らない加害者間の訴訟で、被害者の氏名等が加害者に知られると、二次的な被害が生じ、被害者の立ち直りに著しい困難が生ずるおそれがあるケース
などが想定されています。


第4 秘匿制度の手続
1 手続の手順
(1)申立て
 秘匿制度の利用のために、秘匿決定の申立てをします(民訴法第133条1項)。
(2)秘匿事項の届け出
 申立てに際して、秘匿すべき事項(真の住所等、氏名等)の内容を記載した書面の届出をします(同2項)。
 この、本人の真の住所等、氏名等が記載され、民事訴訟法規則(以下、「民訴規則」といいます)52条の10第1項に従い本人の記名押印がされた秘匿事項届出書面を提出する場合は、秘匿決定がされる前であっても、裁判所に提出する訴訟委任状においては、本人の真の住所等、氏名等ではなく、代替住所又は氏名を記載すれば足り、また、本人の押印は必要ありません。
 このとき、秘匿決定の判断が出るまでは、他の当事者等による届出書面の閲覧等は制限されます(同3項)。
(3)秘匿決定
 要件を充たせば、秘匿決定がなされます。秘匿決定では、秘匿される住所等又は氏名等につき、代替事項が定められます(同5項)。

2 秘匿決定の効果
 秘匿決定において定めた住所等又は氏名等の代替事項を記載すれば、真の住所等又は氏名等の記載は不要となり、他の当事者等による秘匿事項届出書面の閲覧等は制限されます(民訴法第133条の2第1項)。

第5 代替事項が記載された判決に基づく強制執行
 自己の住所、氏名を秘匿したまま強制執行の申立てをすることが可能となります。例えば、原告の住所・氏名につき、代替事項が記載されている場合には、その代替事項を強制執行の申立書の債権者欄に記載することで手続を進めることが可能です。
 もっとも、民事執行の事件記録につき、閲覧等の制限を求めるためには、改めて秘匿決定と閲覧等の制限の決定が必要となります(民事執行法第20条、民訴法第133条ないし133条の4)ので、注意が必要です。


第6 家事事件と秘匿決定
 民事訴訟と同様に、家事事件についても、申立て等をする者及びその法定代理人の住所・氏名を申立書に記載しないことを可能とする秘匿決定の制度を導入しました(家事事件手続法第38条の2)。
 家事事件においての秘匿決定の効果は、秘匿決定において定めた住所又は氏名の代替事項を記載すれば、真の住所又は氏名の記載は不要であり、他の当事者等による秘匿事項届出書面の閲覧等は制限されます。
 なお、閲覧等の制限の決定の制度については、既存の家事事件の閲覧等の許可の制度(家事事件手続法第47条、254条等)でするため、家事事件には、導入されていません。

以上