不動産を所有していた被相続人が死亡した場合、その不動産は、一旦共同相続人間の共有状態となった上で、遺産分割協議を行って、所有権の帰属を決めていくことになります。
このとき、遺産分割協議が長引いたり、揉めたりしている中で、共有状態にある当該不動産の管理や使用をめぐって相続人間で紛争が生じることがあります。
今回は、そのような相続開始後~遺産分割までの相続財産(不動産)の管理・使用をめぐる法的紛争について整理してみたいと思います。
1、共同相続人の一部が他の相続人の同意を得ることなく不動産を占有している場合
被相続人の同居の親族がそのまま住み続けている場合など、特に共同相続人全員の同意を得ることなく、一部の共同相続人が不動産を単独で占有し、使用しているケースがあります。このような場合、他の共同相続人は、明渡請求や金銭請求を行うことができるのでしょうか。
(1)残りの共同相続人による明渡請求の可否
残りの共同相続人による明渡請求については、最高裁判所昭和41年5月19日判決が、たとえ多数持分権者たる相続人らから、少数持分権者である相続人に対する明渡請求であっても、「明渡を求める理由」を主張し立証しなければ、その請求は認められない、と判示しています。
この最高裁判例のいう「明渡を求める理由」とは、事実上の建物利用の必要性などを意味するのではなく(東京地裁平成17年8月30日判決)、占有者の変更を民法251条の共有物の変更行為と考えて、全共同相続人による占有変更の同意があった場合を意味するものと解釈するのが裁判例の傾向のです(東京地裁昭和63年4月15日判決、東京地裁平成19年4月23日判決)。
このような裁判例の傾向を前提にすると、相続人間での不動産の明渡請求は、一旦共同相続人全員で、不動産の占有変更につき合意を行ったものの、それを一部の相続人が反故にして占有を行っているような例外的な場面でしか認められないことになり、下記(2)に述べる金銭請求によって共同相続人間の利害関係を調整することになります。
(2)残りの共同相続人による金銭請求の可否
上記(1)のとおり、共同相続人間での明渡請求は容易には認められないものの、残りの共同相続人は、占有を行っている相続人に対し、当該不動産の賃料相当額から公租公課その他の管理費を控除した金額に相続分を乗じた金額を不当利得等として請求することができます。
ただし、この金銭請求が認められない場合として、以下ア・イの2つのケースがあります。
ア 配偶者居住権が成立する場合
不動産に居住している相続人が被相続人の配偶者である場合は、直ちに他の共同相続人からの金銭請求を認めることは酷といえます。そこで、民法は、配偶者短期居住権(民法1037条)と配偶者居住権(同1028条)を定め、被相続人の配偶者の居住権を保護しています。
配偶者短期居住権とは、配偶者が相続開始時に被相続人の遺産の建物に居住していた場合、遺産分割によりその建物が誰に相続されるか決まった日または相続の開始時から6か月を経過する日のうち、遅い方の日まで、無償で当該建物を使用することができる権利です。
配偶者居住権とは、配偶者が相続開始時に被相続人の遺産の建物に居住していた場合において、遺産分割により配偶者居住権を取得したとき又は配偶者居住権が遺贈の目的とされたときに、当該配偶者の終身の間まで(亡くなるまで)(民法1030条)、無償で当該建物を使用収益することができる権利です。
配偶者(短期)居住権が認められる場合には、他の共同相続人が配偶者たる相続人に金銭を請求することはできません。
イ 使用貸借契約が成立する場合
不動産に居住しているのが配偶者ではない場合でも、被相続人の死亡前から同人の許可を得て一部の相続人が被相続人と同居していたときは、他の共同相続人から当該居住者に対して金銭請求を認めるのは酷であると思われます。
そこで、判例は、一定の場面においては、被相続人と居住者たる相続人との間に使用貸借契約(無償で不動産を使用させる契約)の成立を認めることで、当該居住者の救済を図っています。すなわち、最高裁判所(第3小法廷)平成8年12月17日判決は、「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認される」と判示して、居住者たる相続人を保護しています。
このように、被相続人と同居していた相続人に対しては、使用貸借契約の成立を理由として、金銭請求が認められないケースがあります。
2、建物の取り壊しや管理費用をめぐる問題
遺産となる建物の取り壊しや売却は、共有物の変更行為に該当するため、相続人全員の同意がないと行うことができません(民法251条)。
遺産である不動産の管理費用(固定資産税、火災保険料など)は、相続財産から支出してよいことになっています(同885条)。しかし、管理費用の支払いのために十分な相続財産が存在しない場合や、一部の相続人が事実上相続財産からの支出を拒むことで、やむを得ず、一部の相続人が管理費用の全額を立て替えて支払わざるを得ないこともあります。このような場合には、それぞれの共有持分(相続分)に応じて、立て替えた管理費用の返還を求めていくことになります(同253条)。
3、不動産が第三者に賃貸されている場合の賃料をめぐる問題
相続の対象となる不動産が第三者に賃貸されており、賃料収入が発生している場合には、遺産分割が終わるまでの間、その賃料を誰が取得するのかが問題となります。
この点については、最高裁判所(第1小法廷)平成17年9月8日判決が、「遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきあって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。」と判示しています。したがって、相続人間で別途の取り決めをしない限り、被相続人死亡から遺産分割時までに不動産から生じる賃料収入は、遺産分割の対象とはならず、各相続人の相続分に応じて、それぞれに確定的に帰属するという扱いになります。