~会計限定監査役の任務の範囲について判断した最高裁判例~
1、事案の概要
①Xは、公開会社ではない株式会社であって、会計監査人を置かないものである。
Yは、昭和42年7月から平成24年9月までの間、Xの監査役であった者であり、その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた。
②Xにおいて経理を担当していた従業員Zは、平成19年2月から平成28年7月までの間、多数回にわたりXの名義の当座預金口座(以下「本件口座」という。)から自己の名義の預金口座に送金し、合計2億3523万円余りを横領した。Zは、上記の送金を会計帳簿に計上しなかったため、本件口座につき、会計帳簿上の残高と実際の残高との間に相違が生じていた。Zは、上記の横領の発覚を防ぐため、本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。
③Yは、平成19年5月期から平成24年5月期までの各期において、Xの計算書類及びその附属明細書(以下「計算書類等」という。)の監査を実施した。Yは、上記各期の監査において、本件従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま、これと会計帳簿とを照合し、上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした。
その上で、Yは、上記各期の監査報告において、上記計算書類等がXの財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。
④Xは、Yに対し、Yがその任務を怠ったことにより、Zによる継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して、会社法第423条1項に基づき、損害賠償を求めて提訴した。
2、原審(東京高等裁判所)の判断
要旨次のとおり判断した上で、Yはその任務を怠ってはいないとして、Xの請求を棄却した。
要旨:
監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役(以下「会計限定監査役」という。)は、会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、任務を怠ったとはいえない。
3、最高裁判所の判断
結論:破棄差戻し
理由:
計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。
監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。
そして、会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていることなどに照らせば、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。
そうすると、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。
・・・中略・・・
そして、Yが任務を怠ったと認められるか否かについては、Xにおける本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてYが適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要がある。
4、コメント
本件は、会計限定監査役の責任の範囲についてどう考えるかについて参考になる判例です。
原審の東京高等裁判所は、
①会計帳簿を作成するのは、取締役又はその指示を受けた使用人であり、会計帳簿については、監査役の監査を受けることを義務付ける法令の規定はない。
②使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、取締役(取締役の指示を受けたものを含む。)の業務であって、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、会計限定監査役の本来的な業務ではないと考えられる。
とした上で、
会計限定監査役の監査における主な任務は、会社計算規則59条3項及び121条2項によれば、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかを点検することであって、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りるものと考えられる、との結論を導きました。
これに対し、最高裁判所は、計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ、監査役は会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない、監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない、として、会計限定監査役は計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない、とし、その責任の範囲を明確にしました。
今回の事案は、経理担当従業員Zの監督を怠ったのはX株式会社の取締役であったのではないかとも思われますが、それはさておき、比較的小規模の会社に採用される会計限定監査人についても、その責任の重さを再確認させることになりそうです。