被用者から使用者に対する「逆求償」を認めた最高裁判例
(最高裁判所第二小法廷 令和2年2月28日判決)
被用者が勤務中に起こした交通事故について第三者に賠償をした場合、相当と認められる額を使用者に請求することができる、と判断した初めての最高裁判例です。
1、事案の概要
①Yは、貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり、全国に多数の営業所を有している。YはXを雇用していたが、Xは、平成22年、Yの事業の執行としてトラックを運転中、自転車を運転中の被害者Aと接触事故を起こし、Aを死亡させた(以下「本件事故」という。)。Aの相続人は、その長男と二男であった。
②Yは、その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。
③Yは、二男から訴訟を提起され和解金として1300万円を支払った(その他Aの治療費として47万円余りも支払っている)。
④Xは、長男から訴訟を提起され、52万円余りを支払い、1552万円余りを弁済供託した。
⑤そこでXはYに対し、本件事故に関し、Aの損害を賠償したことにより、Yに対し、求償権を取得したとして訴えを提起(Yからの債務額確定請求訴訟(本訴)に対する反訴請求)した。
2、原審(大阪高等裁判所)の判断
次のとおり判断して、Xの請求を棄却した。
①被用者が第三者に損害を加えた場合は、それが使用者の事業の執行についてされたものであっても、不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し、負担すべきものである。民法715条1項の規定は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え、使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず、被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。
②また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において、使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが、これは、信義則上、権利の行使が制限されるものにすぎない。
③したがって、被用者は、第三者の被った損害を賠償したとしても、共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き、使用者に対して求償することはできない。
3、最高裁判所の判断
次のように判断して、原審を取消し、XのYに対する求償権を認めた。
①民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである。このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
②また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
③以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
4、コメント
民法の規定(第715条第3項)により、会社が従業員の不法行為について使用者責任によって第三者に対して損害賠償を行った場合、従業員に対して求償権を行使することができます。
そして、最高裁の判例(最高裁昭和51年7月8日判決)により、従業員に対する求償権は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度、とされていましたが、逆に第三者に対し損害賠償を行った従業員から会社に対する求償権の行使(いわゆる「逆求償」)が認められるのかに関する最高裁判例はありませんでした。
この点を明確に判断したのが今回の最高裁判例であり、内容も上記昭和51年7月8日判決に沿う合理的なものです。