特別給付金誤振込事件の刑事裁判について

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(山口地方裁判所令和5年2月28日判決)


Q1 特別給付金誤振込事件はどのような事件でしたか。
A1
 令和4年4月、住民税非課税世帯に新型コロナウイルス臨時特別給付金として1世帯あたり10万円が給付されることになりました。山口県のある町(以下、「A町」といいます)では、上記給付を行うべく、対象世帯の各口座へ振込を行いました。その際、A町役場の担当職員が、対象世帯である463世帯分に相当する4630万円を、誤って、ある一人の町民(以下、「Y」といいます)名義の口座に入金してしまいました(以下、「本件誤振込金」といいます)。
 本件誤振込金の事実が発覚し、A町職員は、本件誤振込金の全額返還をYに求めましたが、Yは、本件誤振込金の返還を拒否し、オンラインカジノサービス決済代行業者等への振込をしてしまいました。その後、同年5月にYはA町と全額返還で和解したため、民事的な返還義務の問題としては解決されました。
 しかしながら、その直前にYは、電子計算機使用詐欺罪の疑いで逮捕勾留され、山口地方裁判所に起訴されていました。そして、山口地方裁判所は、令和5年2月28日、Yに対し、懲役3年、執行猶予5年という有罪判決を言渡しました。


Q2 電子計算機使用詐欺罪とはどんな罪ですか。
A2
 電子計算機使用詐欺罪は、刑法246条の2に定められています。
「前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。」
 コンピュータの普及に伴い、コンピュータを不正に利用して利益を得る詐欺的行為を処罰する必要性が生じていると考えられ、昭和62年の刑法の一部改正の際に追加されました。
 電子計算機使用詐欺罪は、人をだますのではありません。電気計算機、いわゆる、コンピュータをだます、つまり、コンピュータを悪用するという罪です。人をだます詐欺罪とは、この点で異なります。


Q3 今回の裁判のポイントはどこですか。
A3
 裁判のポイントは、①Yが、携帯電話機を操作して、本件誤振込金が入金されている銀行(以下、「B銀行」といいます。)の電子計算機に対し、本件誤振込金を別の口座へ振込む依頼等をした行為(以下、「本件送金行為」といいます)が、正当な権利行使といえるかという点と、②本件送金行為が、B銀行の電子計算機に「虚偽の情報」を与えたといえるかという点です。


Q4 ①、②の点について、裁判所はどのように判断しましたか。
A4
1.①の点について
 裁判所は、「A町職員が、令和4年4月8日に本件誤振込金を被告人(Y。以下同じ)口座に振り込んだ事実が認められるところ、最高裁判所第二小法廷平成8年4月26日判決を前提とすると、この時点で、被告人とB銀行との間に本件誤振込金相当額の普通預金契約が成立し、被告人がB銀行に対し本件誤振込金相当額の預金債権を有していたものと認めることができる。」とし、YとB銀行との間の一定の権利関係自体は認めました。
 しかし、「被告人は、本件送金行為等に及ぶまでの間に、被告人口座に本件誤振込金が振り込まれていることを知っていたのであるから、平成15年判例に従うと、信義則上、被告人には、本件送金行為等の時点でB銀行に対する告知義務があったものといえる。」とし、被告人には、B銀行に対し誤った振込みがあることを告知すべき信義則上の義務があったとしました。
 その上で、「被告人はこれに違反して本件送金行為等に及んでいるのであるから、本件送金行為等は正当な権利行使ではない」と判断しました。

※「平成15年判例」=最高裁判所第二小法廷平成15年3月12日決定のこと

2.②の点について
 裁判所は、「本件送金行為等の際、被告人がインターネットに接続した携帯電話機に、本件送金行為等に関する情報を入力している(以下、「本件各入力行為」という。)ことは明らかである。そして、本件各入力行為によって入力された情報は、被告人が直接入力した被告人口座の情報等だけでなく、その前提として、本件送金行為等が正当な権利行使であるという情報も含まれているものと解される。そうすると、本件送金行為等が正当な権利行使でないにもかかわらず、本件送金行為等が正当な権利行使であるという情報をB銀行の電子計算機に与えているのである」とし、本件各入力行為は、電子計算機使用詐欺罪の「虚偽の情報を与えた」に該当すると判断しました。


Q5 今回の裁判にはどのような反響がありましたか。
A5
 今回の裁判に対しては、①B銀行が本件誤振込金の存在を知っていたのに、平成15年判例と同様にとらえて、YがB銀行に対し、本件誤振込金の存在を告知すべきであるのか、②Yが入力した情報は、Y自身の真実の情報であり真実に反する情報ではないため、虚偽の情報という要件該当性が認められないのではないか、という点につき異論が唱えられています。
 本判決に対しては、弁護側が即日控訴をしたので、今後、控訴審において判断がなされる予定です(令和5年11月時点)。

以上