(最高裁判所令和6年2月9日決定(上告不受理))
1 はじめに
SNS上での誹謗中傷に対する世間の関心が高まっています。
SNSとは、「Social Networking Service」の略で、インターネット上におけるユーザー同士の交流を補助するサービスのことです。Twitter(現在はX)やFacebook、Instagramなど、使う人の用途、好みによってさまざまな種類がありますが、設定によっては知人に限らず、インターネット上で不特定多数の人が閲覧可能な状態となります。
ユーザー数の増加により、便利さや面白さが増す一方、重大なトラブルを招く危険性もあります。
今回は、他人の投稿に「いいね」を押す行為が、他人の名誉感情を侵害し、不法行為にあたることを認めた最高裁判例を紹介します。
2 「いいね」とは?
「いいね」は、他のユーザーの投稿に対し、共感したり、気に入ったときなどに押すボタンで、多くのSNSで取り入れられている基本的な意思表示の1つです。Twitter(現在はX)の「いいね」ボタンはハート型で、「いいね」を押すと白いハートマークが赤いハートマークに変化します。「いいね」を押された投稿には、「いいね」が押された回数が表示され、押された回数が多いほど世間の関心度や共感度が高いことを意味します。
「いいね」は、投稿内容に好意的・肯定的な感情を示す表現であることが多いものの、それ自体は抽象的な表現行為に留まります。
そこで、本件では、国会議員のAが、フリージャーナリストのBを誹謗中傷する内容の投稿に「いいね」を押す行為が、Bの名誉感情を侵害し、不法行為にあたるか否かが争われました。
3 第一審(東京地方裁判所令和5年3月25日判決)
第一審では、「『いいね』は、好意的・肯定的な感情を示すものとして用いられることが多く、これを目にする者もそのようなものとして受け止めることが多いものではあるが、そもそもブックマークや備忘といった好意的・肯定的な感情を示す以外の目的で用いられることもある上、仮にそのような感情を示すものとして用いられたとしても、それ自体からは感情の対象や程度を特定することができず、非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまるものである。そうすると、『いいね』を押す行為は、原則として、社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価することはできないというべきであって、これが違法と評価される余地が生ずるのは、これによって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定することができ、当該行為それ自体が特定の者に対する侮辱行為と評価することができるとか、当該行為が特定の者に対する加害の意図をもって執拗に繰り返されるといった特段の事情がある場合に限られるというべきである。」として、『いいね』を押す行為は、抽象的、多義的な表現行為に留まるため、原則として違法な行為とはならず、特段の事情がある場合にのみ不法行為と評価されるとして、不法行為にあたる場合を限定した上で、本件は、不法行為には当たらないと判断しました。
4 控訴審(東京高等裁判所令和5年10月20日判決)
これに対し、控訴審では、「当該『いいね』を押す行為が、対象ツイートに対して好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるか否か、そのように認めることができるとしても、具体的にどの部分に好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるかを判断するためには、対象ツイートの記載内容等から、『いいね』を押すことによって対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしていると理解することができるかを検討する必要があるし、また、『いいね』を押した者と対象ツイートで取り上げられた者との関係や『いいね』が押されるまでの経緯も検討する必要がある。」とした上で、Bを誹謗中傷する内容に対する、Aの「いいね」を押す行為が25回にも及んでいること、Aは本件各押下行為をするまでにもBに対する揶揄や批判等を繰り返していたこと、Aは国会議員でありその発言等には一般人とは容易に比較し得ない影響力があること、など具体的な事情を考慮し、Bの名誉感情を違法に侵害するものとして、Bに対する不法行為を構成する、と判断しました。
5 上告審(最高裁判所令和6年2月9日決定)
これに対し、Aは上告しましたが、最高裁判所は上告を退け(上告不受理決定)控訴審の判決が確定しました。
本件では、Aが国会議員であること、従前よりBに対する揶揄や批判等を繰り返していたこと、Bを誹謗中傷する内容に対する「いいね」を押す行為が25回にも及ぶことなどを考慮して名誉棄損を認定したものです。そのため、一般人が「いいね」を押す行為に、不法行為が成立することは稀といえるでしょう。
しかし、フォロワー数が多く影響力のある人が賛同ともとれる行為と評価され得る「いいね」を押す行為が不法行為に該当する場合があることが示された点で画期的な判決と言えます。
今後は、「いいね」を押す前に一呼吸おいてみると良いでしょう。