職種限定合意が認められる場合の配置転換命令の可否について判断した最高裁判例

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~最高裁判所令和6年4月26日判決(最高裁判所判例集)~
1、はじめに

 雇用契約においては、労働者の職務内容を一定の範囲に限定する合意(職種限定合意)が認められる場合があり、特に病院等の医師、検査技師などの特殊な資格や技能を有する職種や、大学教員などの高度の専門性を有する職種においては、特に職種限定合意が認められやすいものとされています。
 他方で、使用者は、労働協約や就業規則の定め、個別労働契約上の合意などによって、労働者の職務内容を配転(配置転換)によって変更するよう命じる権限が認められることとなっており、一般的に就業規則には、「業務上の都合により配置転換、転勤を命じることができる」旨の規定が設けられていることが多いです。
 今回ご紹介する最高裁判所令和6年4月26日第2小法廷判決では、雇用契約において職種限定合意が認められる場合に使用者側が配置転換を命じることができるかどうかが問題となりました。


2、最高裁判所令和6年4月26日第2小法廷判決の事案の概要
 Xは、一級技能士(機械保全、プラント配管)、職業訓練指導員(機械科、塑性加工科、溶接科)、中学校教諭二種技術、社会福祉主事任用資格、ガス溶接作業主任者、フォークリフトなどの資格・免許を有しており、平成13年4月からY(社会法人滋賀県社会福祉協議会)で正規社員として雇用されて働いていました。
 Yの運営する滋賀県立長寿社会福祉センター内には、高齢者や身体障碍者に適合した福祉用具の普及を目的とする施設である滋賀県福祉用具センターが設けられており、Xは同センターの所長から勧誘を受け、同センターにおいて福祉用具の改造・製作、技術開発を行う主任技術者として18年間勤務してきました。なお、その間、Xは滋賀県福祉用具センターにおいて溶接ができる唯一の技術者でした。
ところが、平成23年度以降、滋賀県福祉用具センターにおける福祉用具の改造・製作の需要が激減していったため、平成31年3月25日に人事異動の内示が発表され、Xは技術職から総務課に配転されることが明らかになりました。これは、当時、滋賀県福祉用具センターにおいて、総務担当者が病気により急遽退職し、総務課が欠員状態となったことを受けて、欠員を補填するための配転でした。
 平成31年4月1日付けでYがXに対して総務課施設管理担当への配転を命じたところ、XはYに対して本件配転命令が職種限定合意に反するものであり違法であるなどとして、損害賠償等を求めて提訴しました。

 一審の京都地裁と原審の大阪高裁は、XY間の黙示の職種限定合意を認めつつも、既存の福祉用具を改造する需要が激減し、福祉用具の改造・製作をやめたこと、総務課の担当者が欠員状態となったことなどから、Xの解雇を回避するためには、Xを総務課の施設管理担当に配転することにも業務上の必要性があり、施設管理担当の業務内容は負荷も大きくなく、本件配転命令が甘受すべき程度を超える不利益をXにもたらすとまでは認められず、不当な動機・目的もないとして権利濫用を否定してXの主張を斥けたため、Xが上告しました。


3、判示内容(抜粋)
結論:一部破棄・差戻し
理由:
 労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、XとYとの間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に限定する旨の本件合意があったというのだから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったというほかない
 そうすると、YがXに対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、Yが本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 
4、おわりに

 これまでの裁判例では、職種限定合意を認めつつも、配転命令に正当な理由があるとの特段の事情がある場合には配転命令を有効と考える枠組みを採用しているものがありました(東京海上日動火災保険事件・東京地裁平成19年3月26日判決)。
 本判決は、使用者と労働者の間に職種限定合意がある場合には、職種自体の廃止等の事情や配転の必要性、解雇回避の目的があったとしても、労働者の同意なくして配転を命じることはできないことを明らかにした点で大きな意義があります。
 今後は、職種限定合意のある雇用契約において、使用者側が本件のような状況に陥った場合には、配転を行わなければならないやむを得ない事情を労働者に誠意をもって説明し、配転への同意が得られるよう努めた上、どうしても同意が得られない場合には、当該労働者の解雇を検討することになります。
 この場合の解雇は使用者側の事情による整理解雇となるため、①職種の廃止に必要性があったか、②それまで培った技術を活かせる職種への異動を提案するなど解雇回避努力が尽くされているか、③被解雇者選定の合理性があるか、④協議・説明義務が尽くされているかという点から、解雇が認められるかが問題となり、簡単に解雇ができるわけではありません。
 使用者と労働者の双方が職種限定合意の効力について正しく理解した上で労働契約の締結を行う必要があります。