交通事故発生時の救護・報告義務について判断した最高裁判例

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(最高裁第二小法廷令和7年2月7日判決)

 
<はじめに>

 道路交通法(以下、「道交法」といいます)では、交通事故が発生した際の運転者等の救護・報告義務が定められており、救護・報告義務違反は、刑事罰の対象となっています。
 すなわち、道交法72条1項は、「交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員……は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者……は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。……)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない」と定めており、同法117条1項は、「同法72条1項前段の規定に違反したときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」とし、2項で、「人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」としています。
 近時、この救護・報告義務違反の内容を争点とする最高裁判決(最高裁第二小法廷令和7年2月7日判決)が出ておりますので、ご紹介いたします。


<事案の概要>
 Xは、平成27年3月23日午後10時7分頃、X車両を運転中に衝突事故を起こし、衝突地点から約95.5m先でX車両を停止させて降車しました。Xは、車を人に衝突させたと思い、衝突現場付近に向かい、同日午後10時8分頃、衝突現場である横断歩道付近で靴や靴下を発見し、その後約3分間、付近を捜すなどしたが、被害者を発見することができませんでした。
 そこで、Xは、X車両を停止した場所まで戻り、同日午後10時12分頃、X車両のハザードランプを点灯させた後、警察に飲酒運転がばれないように酒の臭いを消すものを買おうなどと考え、X車両の停止地点から約50m移動し、同日午後10時12分頃、本件コンビニに入店し、「ブレスケア」を購入し、退店後の同日午後10時13分頃、これを服用しました。
 また、Xは、本件コンビニを退店後、衝突現場方向に向かい、衝突地点から約44.6m離れた地点に倒れていた被害者が発見されるとその下に駆け寄り、被害者に対して人工呼吸をするなどしました。その後、その場に到着したXの友人のうちの一人が、同日午後10時17分頃、消防に119番通報しました。

<事案の争点>
 上記のような事実経過を踏まえて、Xが「直ちに」救護措置を講じたといえるかどうかが争点となりました。


<原審-X無罪>
 第1審の長野地方裁判所(令和4年11月29日判決)は、懲役6月の実刑判決を下しましたが、原審である東京高等裁判所(令和5年9月28日判決)は、下記のとおり判示し、Xに無罪を言い渡しました。
「まず、Xは、本件事故後、直ちにX車両を停止して被害者の捜索を開始しており、X車両を停止した場所に戻ってハザードランプを点灯させたことについても、交通事故を起こした運転者に課せられた危険防止義務を履行したものと評価できる。
 その後、本件コンビニに行って「ブレスケア」を購入し、退店後にこれを服用したことについては、被害者の捜索や救護のための行為ではないものの、これらの行為に要した時間は1分余りであり、X車両を停止した場所から本件コンビニまで移動した距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしていることに照らすと、Xの救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていたと認められる。このように、救護義務を履行する意思の下に直ちにX車両を停止して被害者の捜索を開始し、その後も救護義務の履行を放棄して現場から立ち去ることはなく、被害者が発見された後は実際に救護措置を講じたという、本件事故後のXの行動を全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできないから、Xに救護義務違反の罪は成立しない。


<最高裁-原判決破棄・自判(控訴棄却により1審の有罪判決が確定)>
 原判決に対し検察側が上告を行った結果、最高裁は下記のとおり判示し、原判決を破棄しました。
「道路交通法72条1項前段は、車両等の交通による事故の発生に際し、被害を受けた者の生命、身体、財産を保護するとともに、交通事故に基づく被害の拡大を防止するため、当該車両等の運転者その他の乗務員のとるべき応急の措置を定めたものである。このような同項前段の趣旨及び保護法益に照らすと、交通事故を起こした車両等の運転者が同項前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要すると解するのが相当である。
 前記……事実関係によれば、Xは、被害者に重篤な傷害を負わせた可能性の高い交通事故を起こし、自車を停止させて被害者を捜したものの発見できなかったのであるから、引き続き被害者の発見、救護に向けた措置を講ずる必要があったといえるのに、これと無関係な買物のためにコンビニエンスストアに赴いており、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかったものといえ、その時点で道路交通法72条1項前段の義務に違反したと認められる。原判決は、本件において、救護義務違反の罪が成立するためには救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったことが必要であるという解釈を前提として、被害者を発見できていない状況に応じてどのような措置を臨機に講ずることが求められていたかという観点からの具体的な検討を欠き、コンビニエンスストアに赴いた後のXの行動も含め全体的に考察した結果、救護義務違反の罪の成立を否定したものであり、このような原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。」


<コメント>
 救護措置を「直ちに」講じたか否かという点について、本事案に先行する東京高裁平成29年4月12日判決は、「義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する」という解釈を示しています。本事案における東京高裁(原審)はこの解釈にしたがって、ブレスケアの購入行為が、その時間的・場所的間隔に照らして、救護義務の履行と相容れない状態に至ったとまでは判断できないとして、救護義務違反を否定したものと考えられます。
 これに対し、最高裁は、「同項前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要する」として、より総合的な視点で救護義務を広く解釈し、救護義務違反を肯定しています。
 本事案では、救護措置を講じるまでに行ったXの行動が自身の飲酒運転の隠ぺいのための行為であったため、救護義務違反を認めるという最高裁の結論は、一般国民の素朴な処罰感情には適合していると思われます。
 もっとも、交通事故は必ずしも運転者に落ち度がなくても生じうるところ、救護の意思が失われていなくても、運転者がパニックになって「必要な措置を臨機に講ずること」ができず、最適ではない行動をとってしまうことは十分にあり得るところです。
 最高裁の示した総合的で柔軟な解釈は、正しく運用されれば適切な処罰範囲を画することができる反面、一般の運転者にとって不可能を強いるような過酷な解釈となってしまわないよう慎重な運用が求められます。