その2:預貯金の仮払い制度等の創設
今回の改正では、遺産分割に関する見直しとして、預貯金の仮払い制度が創設されています。
1、現行法の問題点(遺産分割が成立するまで預貯金が引き出せない)
従来、最高裁第三小法廷平成16年4月20日等の判例法理から、複数の相続人が共同相続した預貯金は遺産分割の対象とならない、可分債権であり各相続人が法定相続分に応じて当然に取得する、と考えられていました。そのため、金融機関の実務においても、遺産分割の成立あるいは相続人全員の合意による払戻しを原則的な要件としつつ、遺産分割が成立する前でも、一部の相続人からの申出に対し、便宜的に預金の引き出しに応じるという取り扱いが多く見られました。
しかしながら、最高裁は近年判例を変更し、預貯金も遺産分割の対象となると判断しました(最高裁大法廷平成28年12月19日決定、最高裁第一小法廷平成29年4月6日判決)。これによって、遺産分割が成立する前の個々の相続人への払戻しは、相続人全員の同意がない限り認められないという扱いになりました。
他方、実際上は、相続人が相続債務の弁済や相続人の生活費、葬儀費用等の支払が困難になり困窮するという事態が生じることが想定されるため、そのような問題を解消するための法的な手当てが求められていました。
2、改正法の概要
■ 改正家事手続法200条3項
***長文のため割愛***
■ 改正民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
改正法では、共同相続された預貯金の遺産分割前の払戻しを認める制度として、
(1)家庭裁判所の手続き(保全処分)を利用する方法(改正家事手続法200条3項)
(2)裁判所外での相続人単独での払戻しを認める方法(改正民法909条の2)
の2つが創設されました。
(1)裁判所の保全処分
この方法は、家庭裁判所に遺産分割の審判または調停を申し立てたうえで、預貯金の仮払いの申立てをする必要があり、(2)と比較するとコストや時間、手間がかかるというデメリットがあります。また、相続債務の弁済のため等、仮払いの必要性があることの疎明(一応確からしいという程度の証明)が必要になります。他方で、仮払いの金額に上限は設けられておらず、申立て額の範囲内で裁判所が必要と判断すれば、特定の預貯金債権の全部を取得することもできるため、(2)の上限を超える金額の払戻しが必要な場合に適しているといえます。
(2)裁判外の手続
一方で、(2)の方法は、相続人が金融機関の窓口で直接払戻しを求める方法です。仮払いの必要性の疎明も要求されず、裁判手続も不要なため(1)に比べて簡便ですが、仮払いの金額に上限が設けられています。
上限は、「相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×3分の1×(仮払いを求める相続人の)法定相続分」かつ「債務者(金融機関)ごと(複数の口座がある場合は合算)に150 万円」となっています。
そして、仮払いされた預貯金は、その相続人が遺産分割(一部分割)によって取得したものとみなされることになります(遺産分割の際に具体的相続分から引かれる)。
<遺産分割前に預貯金の仮払いを受けるための制度>
(1)家庭裁判所の保全処分 (2)裁判外の手続
申請先: 家庭裁判所 金融機関
要件: 仮払いの必要性の疎明 そのような疎明は不要
上限: なし あり