尊厳死と安楽死

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Q1.「尊厳死(そんげんし)」とはどういう意味ですか。
A1.
 「尊厳死」とは、回復の見込みのない末期状態の患者に対して、生命維持治療を差し控え、人間としての尊厳を保たせつつ死を迎えさせることをいいます。延命治療に関する医療技術の進歩により、患者が植物状態になっても長年生きている実例などがきっかけとなって、単に延命を図る目的だけの治療が果たして患者の利益になっているのか、むしろ患者を苦しめ、その尊厳を害しているのではないかという問題認識から、患者本人の意思(患者の自己決定権)を尊重するという考えが重視されるようになったのです。


Q2.「安楽死」という言葉もありますが、尊厳死とは何が違うのですか。
A2.

「安楽死」は多義的に使われる言葉です。安楽死は、通常、「患者の苦痛からの解放」を第一の目的として、薬物などによって人為的に死をもたらすものです(ゆえに、「積極的安楽死」と呼ばれます)。これに対し、尊厳死は「人間の尊厳を保って自然に死にたい」という患者の希望をかなえることを目的として、人工的な延命措置を行うのをやめ、その結果として自然な死を迎える(ゆえに、「消極的安楽死」とも呼ばれる)というものです。
 安楽死の適法性について判断した有名な先例として名古屋高等裁判所昭和37年12月22日判決があります。裁判所は、安楽死を合法化する以下の六つの要件を示しました。

ⅰ)患者が不治の病に冒され、その死期が迫っていること

ⅱ)患者の苦痛が甚だしく、何人もこれを見るに忍びないこと

ⅲ)もっぱら患者の死苦の緩和目的を有すること

ⅳ)患者の意識が明瞭で意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾があること

ⅴ)医師の手によることを本則とすること

ⅵ)その方法が倫理的に妥当なものとして許容されること


Q3.では、患者本人の尊厳死に対する思いを医師に知ってもらうことはできますか。
A3.

「自己決定権」に基づく患者の意思は尊重されるべきですが、医療現場ではそれに必ず従うべきとは考えられていない傾向があります。近代医学は、患者が生きている限り最後まで治療を施すという考え方に従い治療が行われてきたのです。したがって、延命治療に当たるか否かは医学的判断によらざるを得ないという側面があることも事実です。

そこで、患者本人の尊厳死の宣言を医師に示す必要があり、そのためにこれを書面化しておくことが考えられます。


Q4.尊厳死宣言を書面化するとはどうすればよいですか。
A4.
 公益財団法人日本尊厳死協会のリビング・ウイル(終末期医療における事前指示書)などが参考となります。リビング・ウィルとは生前の意思という意味で、本人が生きていた時の尊厳死に関する意思として、生前遺言書生前発行遺言書とも訳されています。自分の病気が治らない状態、あるいは終末期の段階になったときに延命措置を施さないでほしいことを宣言し、苦痛を取り除く緩和を重点に置いた医療へ切り替えてもらうことで、平穏かつ自然な死を望むということを自らの意思として書き残しておくものです。

また、本人の真意を公正証書化しておくことが考えられます。ある人が自らの考えで尊厳死を望む、すなわち延命措置を差し控える宣言を公証人が聴き取ってその結果を公正証書にすることで、本人の真意を証拠として保全するのです。このように、公証人が見分(実体験)した結果を公正証書に正確に記載するものを事実実験公正証書と言います。

 
Q5.リビング・ウイルや公正証書の尊厳死宣言の作成例を教えてください。
A5.
<リビング・ウイルの例>

            終末期医療に関する事前指示書

 

私は、自分自身の終末期の医療・ケアについての私の意思を明らかにするため、下記の通りの指示を致します。
(延命措置)

私の傷病が不治の状態であり、既に死が迫っていると診断された場合に、延命措置を取ることをお断り致します。意識がなくなった場合はもちろん、はっきりと意思表示が出来ない場合も同様に扱って下さい。(希望する措置にチェックをします)

☑ 鼻管の挿入をしないでください。

☑ 胃瘻(いろう)の処置をしないでください。

☑ 人工呼吸器を取り付けないでください。

☑ 昇圧薬の投与・輸血・人工透析・血漿(けっしょう)交換の実施をしないでください。
(苦痛の緩和)

私の状態が苦しく見えるようであれば、その苦痛を緩和するための処置・治療はお受け致します。下記の措置を取ることに同意いたします。(希望する場合、チェックをします)

☑ 苦痛を和らげるための麻薬などの適切な使用による措置

作成日  令和  年  月  日

住所

氏名                    (印)

 

 

〈公正証書の例〉

              尊厳死宣言公正証書
第1条(尊厳死宣言)

私こと○○○○は、私が将来病気に罹り、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
1 私の疾病が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
2 しかし、私の苦痛を和らげる処置は最大限実施してください。そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。

第2条(家族の了解)

この証書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。

  妻   ○ ○ ○ ○   

私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるよう御配慮ください。


Q6.家族の同意は得ておいた方がいいでしょうか
A6.
 リビング・ウィルや公正証書による尊厳死宣言は、家族の同意を得ておくことが重要です。せっかく尊厳死を宣言していても、家族の同意が得られていないような場合には、医師が躊躇(ちゅうちょ)したりしてトラブルの基となります。
 したがって、自分の希望を家族に丁寧に伝えて、十分な納得を得たうえで、リビング・ウイルや公正証書の証人欄に同意の署名捺印をしてもらうべきです。