Q1. 医師には、応召義務(診療義務)があると言われていますが、どのような義務でしょうか。
A1.
医師法第19条1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定めています。また、歯科医師法第19条1項にも同様の規定があります。この義務は、医師が医業を独占する反射的効果として生ずる公法上の義務であって、患者に対する直接の私法上の義務ではないと解されています。
なお、現在の医師法には応召義務に違反した場合の罰則規定はありません。
Q2. では、医師が患者の診療を拒否したことによって患者に損害が生じた場合、医師に責任はないのでしょうか。
A2.
この点については、応召義務は直接には公法上の義務であって、医師が診療を拒否すれば、それが全て民事上医師の過失になるとは考えられないが、医師法19条1項が患者の保護のために定められた規定であることに鑑み、医師が診療の拒否によって患者に損害を与えた場合には、医師に過失があるとの一応の推定がなされ、診療拒否に正当事由があるとの反証がない限り医師の民事責任が認められる、とした裁判例があります(千葉地方裁判所昭和61年7月25日判決(判例時報1220号118頁)、神戸地方裁判所平成4年6月30日判決(判例時報1458号127頁))。
また、医師が勤務する病院についても医師と同様の診療義務を負うことから、民事上の責任があるといえます。
Q3. 診療受付時間外に患者が来院した場合、時間外であるとして診療を拒否することは正当事由にあたりますか。
A3.
このような場合、基本的には「正当な事由」に該当し、応召義務は負わないと考えられます。
ただし、患者の症状が重篤で、直ちに応急の処置をしなければ患者の生命・身体に重大な影響が及ぶと認められる場合は、やはり診療を拒否することはできません(昭和24年9月10日付厚生省医務局長通知「診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない。」)。
もっとも、休日夜間診療所が設置されていたり、休日夜間当番医制がしかれていて、地域における救急医療が確保され、これが地域住民に周知徹底されているような場合には、このような休日診療を受けるよう指示することも許されると考えられます。
Q4. 専門外であることは診療を拒否する正当事由にあたりますか。
A4.
医師が患者に対し、申告を受けた症状から予測される疾病が専門外であると説明し、患者がこれを了承する場合は一応正当な理由として認められます。しかし、患者がなお診療を求める場合はこれを拒否することはできず、可能な限りの応急処置をしなければならないと考えられます。
Q5. 医師や看護師に暴言を吐く患者の場合はどうでしょうか。
A5.
程度にもよりますが、再三の注意や説得も聞かず、院内において医師や看護師あるいは他の患者を委縮させ、または困惑させる言動に及ぶ患者に対しては、診療を拒否する正当な事由があるといえます。
また、病院の業務に支障をきたす場合は、威力業務妨害罪にあたり得ますので、警察に通報し妨害を排除する適切な処置を求めることができます。
Q6. 救急病院が消防署(救急車)からの患者受け入れの問い合わせに対し、ベッド満床を理由に診療を拒否する事例があると聞きますが、このような場合はどうですか。
A6.
救急病院においては、「救急医療を要する傷病者のための専用病床又は当該傷病者のために優先的に利用させる病床を有すること」(厚労省の救急病院等を定める省令)とされ、常時救急患者の診療に応じる責任があります。従って、満床を理由に診療を拒否することは、原則として正当事由にあたりません。
もっとも、診療を求める患者の症状、診療を求められた医師、病院の人的・物的能力、代替医療施設の存否等の具体的事情によっては、満床を理由に診療を断ることに正当事由が認められるとした裁判例があります(千葉地方裁判所昭和61年7月25日判決(判例時報1220号118頁))。
Q7. 往診を求められた場合、これを拒否しても正当事由があるといえますか。
A7.
往診を求められた場合においても、正当な理由がない限り、診療を拒否できないのが原則です(厚労省の保険医療機関及び保険医療担当規則)。もっとも、往診の場合、医師が病院を離れて往診先まで移動しなければならないこと、往診先では設備や備品の制約を受けることから、患者が来院した場合と比較して正当事由が広く認められると考えられます。この点ではA3の考え方が妥当する場面も想定されます。