特別公務員暴行陵虐罪とは?

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令和4年1月、沖縄市内の路上で、バイク走行中の男子高校生(17)に対し、沖縄警察署勤務の巡査が警棒で暴行を加え、男子高校生が右目を失明する重傷を負ったとして、沖縄県警は、同年11月2日、当該巡査を特別公務員暴行陵虐致傷罪で書類送検しました。

また、同年12月4日には、愛知県岡崎警察署の留置場で、公務執行妨害の疑いで逮捕され勾留されていた男性が意識を失っているのが見つかり、病院に搬送されましたが死亡が確認されるという事件が起きました。この問題で、愛知県警は、暴行を含めた署の一連の行為が、男性に対して肉体的・精神的な苦痛を不当に与えた疑いが強まったと判断し、同月16日、特別公務員暴行陵虐容疑で岡崎警察署を家宅捜索し、監視カメラの映像などを差押えました。

このように、世間を大きく騒がせた事件ですが、「特別公務員暴行陵虐罪」という犯罪は、普段あまり耳にすることがない罪名です。そこで、今回は、特別公務員暴行陵虐罪について解説いたします。


1.刑法の規定

刑法は、特別公務員暴行陵虐罪(同致死傷罪)について、以下のとおり規定しています。

第195条
 1項 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、7年以下の懲役又は禁錮に処する。

2項 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、前項と同様とする。

第196条
 前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。


2.主体(加害者)
⑴ 刑法第195条は1項と2項で、その主体(加害者)を分けて規定しています。
⑵ すなわち、1項では、裁判官、検察官、司法警察員(警察官であれば巡査部長以上の階級にある警察官)又はこれらの職務を補助する者を主体(加害者)と規定しています。そして、「職務を補助する者」とは、たとえば、裁判所書記官、検察事務官、司法巡査等の者がこれに当たります。

2項では、留置場、拘置所、刑務所の職員(警察官、刑務官)を主体として規定しています。
⑶ 頭書の事件でいうと、沖縄市での事件も岡崎市での事件も、ともに警察官による暴行の疑いであるため、特別公務員暴行陵虐罪の主体の要件を満たします。


3.客体(被害者)
⑴ 客体(被害者)は、1項が「被告人、被疑者その他の者」で、2項が「拘禁された者」となっております。
⑵ 1項の「被告人」とは、検察官から罪を犯したとして起訴されて、刑事裁判中の者のことをいいます。「被疑者」とは、犯罪の嫌疑を受けて捜査の対象となっていて、まだ起訴されていない者のことをいいます。「その他の者」とは、参考人、証人、捜索差押えの際の立会人、証拠鑑定の嘱託を受けた鑑定人、外国人被疑者・被告人の通訳を頼まれた通訳人など、刑事手続に関係する者のことをいいます。

2項の「拘禁された者」とは、法令により身柄を拘束された者のことをいいます。憲法では、比較的長期の身体の自由の拘束を受けた者をいい、刑事訴訟法では、勾留(被疑者または被告人を拘束する裁判及びその執行のこと)されている者がこれに当たります。
⑶ 頭書の事件でいうと、沖縄市の事件では、警察官が、バイク走行をしていた男子高校生に対し職務質問を行おうとしていたということであれば、警察官職務執行法上、男子高校生は、「不審者」に該当し、男子高校生は、1項の「その他の者」に該当します。一方、岡崎市の事件では、被害者は留置場で勾留されていた者であることから、2項の「拘禁された者」に該当します。


4.行為
⑴ 「暴行」とは、殴る、蹴る、叩く、着衣を引っ張る・引き裂くなど、人の身体に対し不法な有形力を行使することをいいます。行使の態様は、直接間接を問いません。

「陵辱」とは、辱める行為ないし精神的に苦痛を加える行為をいいます。
「加虐」とは、むごい仕打ちを加えることや、いじめ苦しめる行為をいいます。

暴行以外の方法によって、精神的又は身体的に苦痛を与える一切の行為を総括して「陵辱若しくは加虐」といい、いずれかの行為を行えば特別公務員暴行陵虐罪が成立します。
⑵ 頭書の事件でいうと、沖縄市の事件では、警察官が、男子高校生に対し、所持していた警棒で殴り掛かったということであれば、警察官の行為は、人の身体に対し不法な有形力を行使したと評価でき、「暴行」に該当します。一方、岡崎市の事件では、警察官は、被拘禁者に対し、ベルト型の手錠や縄などで連続して100時間以上拘束し、複数の警察官が足で男性を動かすような行為をしたと報道されており、もしこれが真実であれば、警察官の行為は、人の身体に対し不法な有形力を行使したとも、精神的に苦痛を与えたとも、むごい仕打ちを加えたともいずれにも評価でき、「暴行」・「陵辱若しくは加虐」に該当します。


5.刑罰
⑴ 特別公務員暴行陵虐罪では、刑罰について、刑法第195条が7年以下の懲役又は禁錮を定め、第196条で人に怪我をさせた場合は15年以下の懲役、死亡させた場合は3年以上20年以下の懲役を定めています。
⑵ 頭書の事件は、そのいずれもがいまだ終結には至っておりませんが、起訴され、有罪判決が下されれば、沖縄市の事件では、第195条1項と第196条が適用され、15年以下の懲役が下される見込みです。一方、岡崎市の事件では、起訴され、有罪判決が下されれば、第195条2項と第196条が適用され、3年以上20年以下の懲役が下される見込みです。

以上