~財産開示手続の実施決定と執行抗告について判断した最高裁決定~
1、事案の概要
①XとYは、平成28年12月、養育費支払等契約公正証書(以下、「本件執行証書」という)により、Yが支払義務を負う両者の間の子の監護費用に関する合意をし、離婚した。
②Xは、令和3年2月、本件執行証書について執行文の付与を受け、本件執行証書及び当該執行文の謄本がYに送達された。
③Xは、令和3年6月、本件執行証書に表示された子の監護費用に係る確定期限の定めのある金銭債権を請求債権として、本件申立てをした。
④原々審(地方裁判所)は、令和3年7月、本件申立ては理由があるとして、Yについて、財産開示手続の実施決定(原々決定)をした。
⑤その後、Yは、原々決定に対し、執行抗告をした上で、Xに対し、 前記請求債権のうち確定期限が到来しているもの(以下「本件債権」という。)について弁済をした。
2、原審(東京高等裁判所)の判断
結論:原々決定取消し(財産開示申立て却下)
理由:
債務名義の正本に表示された金銭債権である請求債権が弁済によって消滅した場合には、もはや法197条1項2号に該当する事由があるとはいえなくなるから、当該事由の有無の判断において請求債権に対する弁済の事実を考慮することができないと解すべき根拠はない。
また、財産開示手続に強制執行及び担保権の実行に関する規定を準用する法203条は、請求異議の訴えについて規定する法35条を準用していないから、上記事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することを許さない趣旨であるとは解されない。
したがって、上記執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることができると解すべきである。
※民事執行法197条1項:
執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
2号:知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。
3、最高裁判所の判断
結論:原決定破棄。差戻し。
理由:
①法には、実体上の事由に基づいて強制執行の不許を求めるための手続として、請求異議の訴えが設けられているところ、請求債権の存否は請求異議の訴えによって判断されるべきものであって、執行裁判所が強制執行の手続においてその存否を考慮することは予定されておらず、このことは、強制執行の準備として行われる財産開示手続においても異ならないというべきである。
そのため、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者から法197条1項2号に該当する事由があるとして財産開示手続の実施を求める申立てがあった場合には、執行裁判所は、請求債権の存否について考慮することなく、これが存するものとして当該事由の有無を判断すべきである。
②そして、債務者は、請求異議の訴え又は請求異議の訴えに係る執行停止の裁判の手続において請求債権の不存在又は消滅を主張し、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することにより、財産開示手続の停止又は取消しを求めることができるのであり(法203条において準用する法39条1項及び40条1項)、法203条が法35条を準用していないことは、上記事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することができる根拠となるものではない。
③したがって、法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと解するのが相当である。
4、コメント
強制執行手続に対し不服を申し立てる場合、強制執行の手続に不服がある場合と、請求債権の内容や存在についての不服がある場合とで、異なる手続を行う必要があります。
強制執行の“手続”に不服がある場合には、執行抗告(法律に執行抗告の規定がある場合)、又は執行異議(それ以外の場合)をする必要があります。
強制執行の対象となっている債権の内容や存在について不服がある場合には、請求異議の訴え、又は第三者異議の訴えをする必要があります。債務者(と扱われている者)が、請求権の不発生、消滅、効力停止、主体の変更等を主張して、債権者に対して訴訟によって執行の不許を求めるのが請求異議の訴えです。執行対象財産について所有権等の権利を主張する第三者が、債権者に対して訴訟によって執行の不許を求めるのが、第三者異議の訴えです。
このような、従来からの強制執行に対する不服申立て手続の役割分担からすると、本件の決定は当然の結論と言えそうです。
以上