民法改正(7)~賃貸借契約について~

カテゴリー
ジャンル


Q1、私は賃貸マンション1棟を所有しています。その一部屋を3年前から賃料月額10万円、敷金30万円でAさんに貸していたところ、Aさんから引っ越しをするので敷金30万円を返してほしいとの請求がありました。この敷金は直ちに返さなければいけませんか。

A1、

従前、敷金の規制については判例と解釈にゆだねられてきました。令和2年4月1日に施行された民法改正によって、敷金の定義は「いかなる名目によるかを問わず」賃借人の債務を担保する目的で差し入れられた金銭とされ、また、敷金返還時期も、賃貸借が終了し、賃貸物が返還されたとき(明渡のとき)と明文化されました(622条の2)。

従って、お尋ねの敷金(契約によっては「保証金」という言葉が使われるときもあります)は、Aさんの要求通りに直ちに支払う必要はなく、Aさんがマンションの1室を明け渡したときに返金することになります。


Q2、Aさんの退去にあたって、新しい入居者を募集するためクロス(壁紙)の全部張替え、畳表の交換、浴室・トイレの業者清掃を行い、その費用を敷金から差し引いて返金したいと考えていますが、いかがでしょうか。

A2、

旧民法には賃借人の原状回復義務の規定はありましたが、その具体的内容に関する規定はありませんでした。この点について裁判例は、賃借人が日常使用することによって通常生ずる劣化(これを「通常損耗」とか「自然損耗」といいます)について、賃借人に原状回復義務はないと判断していました。

改正民法はこれを受けて、通常損耗、経年変化については賃借人に原状回復義務がない旨を明記しました(621条)。

従って、クロスの張替え等の費用を敷金から差し引くことは、原則として難しいです。


Q3、仮に、Aさんとの賃貸借契約で、特約として、契約から3年経過すればクロス、ふすま、畳表、カーペットの修繕費用は賃借人の負担とすると定められていたとすれば、民法の規定とはどういう関係になるのでしょうか。

A3、

当事者間の合意は民法の規定に優先して適用されます。ただし、裁判例では特約を厳格に解釈して、賃借人が補修費を負担することになる損耗の範囲につき、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているなど、特約が明確に合意されていることが必要とされています。

従って、抽象的に3年経過すればクロスの張替え等の修繕費用は賃借人の負担と合意されていても、通常損耗・経年変化について賃借人の負担となるのはかなり限定的に解釈され、例えば汚れた部分のみの張替え等となる可能性があります(※)。

※ この点は国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」などが参考となります。

また、裁判例には、通常損耗についての原状回復費用を賃借人の負担とする特約は消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効規定)に違反し無効と判断しているものもあります。従って、特約が合意されていれば全ての修繕費用を賃借人の負担としてよいというわけではないので注意が必要です。


Q4、仮に、Aさんが退去する前に、私の都合でマンション1棟をBさんに譲渡したとしたら、Aさんが返還請求している敷金は、Aさんが退去した後に私が返さなければならないのでしょうか。

A4、

従前、裁判例は、不動産の所有権が移転した場合、原則として賃貸人の地位も新所有者に移転し、賃貸借契約は新所有者=新賃貸人と賃借人との関係になるとしていました。

改正民法はこれを明文化し、新・旧所有者が別の合意をしない限り、不動産譲渡に伴い賃貸人の地位も新所有者に移転するとしました。また、敷金関係も原則として新所有者=新賃貸人が引き継ぐこととされています(605条の2)。

従って、あなたとBさんとの特別の取り決めがなければ、敷金の返還はBさんの債務となります。

実務的には、不動産を購入する人(今回のBさん)は、あらかじめ、賃貸人の債務内容を精査し、敷金返還債務の内容を売買代金に反映させておくような運用になると考えられます。