1 弁護士会照会とは
弁護士会照会とは、弁護士法23条の2に定められた制度で、弁護士が、弁護士会に対して公務所(官公庁)又は公私の団体に対して必要事項を調査・照会することを申し出て、弁護士会がその申し出を正当なものと認めた場合に公務所又は公私の団体に対し必要な事項の報告を求める制度です(以下、「23条照会」と言います)。
弁護士が職務を行ううえで、事実を立証するための資料を収集することは不可欠ですが、必ずしも依頼者が資料を持っているとは限らないため、担当する事件に関する証拠や資料を円滑に集めて事実を調査することを目的としています。
そして、照会を受けた公務所又は公私の団体は、弁護士会に対し、原則として、報告・回答義務があるものとされています。
2 転居届に関する情報の23条照会
(1)郵便法8条の守秘義務
郵便法8条は、「郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする」と規定しています。そこで、郵便法上の守秘義務と弁護士法上の報告・回答義務のいずれが優先するかが問題となります。
従来、日本郵便は、郵便法8条により守秘義務が課されているため、転居届に関する情報の23条照会に対して、一律拒否する運用でした。
これに対し、弁護士会は、一律拒否する運用が違法であるとして損害賠償等を請求しました。
(2)名古屋高等裁判所平成27年2月26日判決(判例時報2256.11)
本件は、強制執行の準備のため、所在不明の債務者の住居所を明らかにしようと、郵便局に提出された転居届に関する情報を弁護士会が照会したところ、転居届に関する情報の照会については一律拒否する運用としており、これに従い、日本郵便が情報開示を拒絶したことに対して、報告義務の確認と損害賠償を求めた事案です。
名古屋高裁平成27年2月26日判決は、守秘義務との関係について、「23条照会の制度趣旨に鑑みれば,報告義務が守秘義務に優越する場合もあることは認められる。」「特定の情報について守秘義務を負う者は,当該情報を使用するに当たり,個人の秘密を侵害することがないよう特に慎重な取扱いをすることが要求されるというべきであるから,漫然と23条照会に応じ,その全てを報告した場合,守秘義務に違反したと評価されることもあり得るところである。しかしながら,23条照会については,照会先に対し,全ての照会事項について必ず報告する義務を負わせるものではなく,報告をしないことについて正当な理由があるときは,その全部又は一部について報告を拒絶することが許されると解される。」「守秘義務を負う照会先は,23条照会に対し報告をする必要があるか自ら判断すべき職責があるといえる。弁護士会の審査に不備があり得るとしても,被控訴人において,この職責を放棄し,常に守秘義務を優越させて報告を拒むことを肯定する理由にはならないというべきである。」とし、日本郵便が、転居届に係る23条照会について、一律に報告しないとの方針を決定し、その方針に基づいて報告を一律拒否する運用としていることについて、正当な理由を欠くと認定しました。そして、本件について具体的事実に基づき比較衡量した上で対応を判断せず、漫然と拒絶をしたと評価でき過失がある、としました。
その上で、23条照会に対する報告義務が行われる利益については、弁護士会の法的保護に値する利益であるから、正当な理由なく報告を拒絶することは、弁護士会のかかる法律上保護される利益を侵害するとし、弁護士会に対する不法行為を認めました。
(3)最高裁判所平成28年10月18日判決(判例タイムズ1431.92)
名古屋高裁の判決に対し、最高裁は、「23条照会の制度は、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものである。そして、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解されるのであり、23条照会をすることが上記の公務所又は公私の団体の利害に重大な影響を及ぼし得ることなどに鑑み、弁護士法23条の2は、上記制度の適正な運用を図るために、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねているものである。そうすると、弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るためにすぎないのであって、23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されない。
したがって、23条照会に対する報告を拒絶する行為が、23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないというべきである。」と判示しています。
(4)先行裁判例
先行する裁判例として、東京高等裁判所平成22年9月29日判決(判例タイムズ1356.227)があります。本裁判例は、転居届に関する情報について、照会先が報告すべき義務は、守秘義務やプライバシーに優越するものと解するのが相当であり、報告拒絶について正当な理由があったとは認められないとし、弁護士会による損害賠償請求を認めました。
(5)考察
日本郵便はこれまで転居届に関する情報を開示してきませんでした。損害賠償請求を認めた上記(4)の先行裁判例以後も、結局、日本郵便が報告拒絶の姿勢を改めることはなかったのです。そこで提起されたのが上記(2)の日本郵便に対する損害賠償訴訟でしたが、最高裁判所の判決により、弁護士会は、報告拒絶に対し照会先の不法行為責任が問えないことが確定しました。そうすると、一律拒否することとする運用を貫いてもこれに対抗する策がなく、23条照会の実効性確保が課題となっていました。
3 郵便事業の個人情報保護に関するガイドラインの解説の改定について
上記の流れを踏まえ、令和4年7月29日付けで郵便事業分野における個人情報保護に関するガイドライン(令和4年個人情報保護委員会・総務省告示第2号)の解説と、信書便事業分野における個人情報保護に関するガイドライン(令和4年個人情報保護委員会・総務省告示第3号)の解説が改定されました。
同改定後のガイドラインでは、「郵便物に関して知り得た他人の秘密であって、比較衡量の結果、それらの情報を用いることによる利益が秘密を守られる利益を上回ると認められ、第三者提供が可能となると考えられる事例」の一つとして、以下(事例4))のとおり、23条照会で転居届に係る情報を照会してきた場合に、事業者が、当該相手方となる者の同意を得ることなく、転居届に係る情報を、当該弁護士会に提供する場合を明記しています。ただし、「これらの場合において提供できる個人データは、その目的の達成に必要な最小限の 範囲のものでなくてはならない。」とも記載されています。
そのため、23条照会によって、相手方の転居届に係る情報を得られやすくなることが期待されます。
事例4)
弁護士会が、弁護士法第23条の2の規定に基づき、訴え提起等の法的手続を採ろうとする者(弁護士会が照会申出を審査してDV・ストーカー・児童虐待の事案との関連が窺われない法的手続であり適当と判断した旨を表示して発出した照会に係る者に限る。)が申立ての相手方の住所の特定を図ろうとするため又は判決等の強制執行をするに際して相手方の住所を特定するため、住民票を異動せず転出し所在の把握が困難となっている当該相手方の転居届に係る情報を照会してきた場合であって、事業者が、当該相手方となる者の同意を得ることなく、転居届に係る情報を、当該弁護士会に提供する場合。
なお、これらの場合において提供できる個人データは、その目的の達成に必要な最小限の範囲のものでなくてはならない。