(最高裁平成26年3月24日判決)
1、事案の概要
①Xは電機メーカーYの最先端製品製造ラインの構築プロジェクトを任された。Xは休日や深夜の勤務を余儀なくされ、月60時間を超える時間外労働を行い、上司からは業務の期限・日程を短縮され、データ提出について厳しい督促や指示を受けた。
②この間Xは、頭痛・不眠を訴えて神経科クリニックを受診し神経症と診断された。その後、Xはうつ病を発症し、また頭痛等の体調不良のため欠勤を繰り返し、上司に対し担当業務の軽減を求めた。そしてXは長期欠勤・休職の後、休職期間満了により解雇された。
③XはYに対し、解雇は無効であるとして従業員としての地位の確認と、債務不履行(安全配慮義務違反)、または不法行為に基づく、治療費、慰謝料等の損害賠償を求めて提訴した(以下、損害賠償請求についてのみ言及する)。
④原審(東京高等裁判所)は、Xの本件うつ病が加重な業務によって発症・憎悪したものと認め、YはXの業務量を適切に調整して心身の健康を損なうことがないよう配慮していなかったから安全配慮義務違反および不法行為により損害賠償義務がある、とした。
一方で、原審は、大要以下のとおり判断して、民法418条又は722条2項の類推適用により損害額の2割を減額したため、Xは減額を不服として上告した。
(ⅰ)Xが神経症と診断され薬剤の処方を受けていることを上司や産業医に申告しなかったことから、過失相殺をするのが相当である、
(ⅱ)Xには個体側のぜい弱性が推認されるから、素因減額をするのが相当である。
2、最高裁判所の判断
(1)XがYに申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルクリニック)に関する情報は、労働者にとって自己のプライバシーに関する情報であり、人事考課等に影響する事柄として、職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される情報である。他方、使用者は労働者の申告がなくとも、その健康にかかわる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、必要に応じ業務を軽減し労働者の心身の健康への配慮に務める必要がある。
本件において、Xは体調不良であることをYに伝えて欠勤を繰り返し業務の軽減を申し出るなどしていたから、YはXの業務を軽減するなどの措置をとることが可能であったというべきであり、これらの諸事情に鑑みると、XがYに対して上記諸事情を申告しなかったことを重視するのは相当ではなく、Xの賠償額を定めるにあたって過失相殺をすることはできない。
(2)Xについて、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない。(素因減額も否定)< / p>
3、コメント
交通事故による受傷者がうつ病を経て自殺した事例で、最高裁判所は、受傷者の心因的要因等を考慮して、過失相殺の法理を類推し相応の減額を認めてきた。
これに対し、最高裁判所は、労働者の神経症等の不申告という対処につき、
①労働者の健康悪化は加重な業務に起因する、
②労働者側で健康保持のための対処(業務軽減の申し出、休暇の取得、精神科の受診等)は期待できない可能性がある、
③使用者は、労働者の業務管理にあたって、労働者自らが対処しないリスクを取り込んだ配慮が可能であり、また要求される、
として、使用者の安全配慮義務との関係では過失相殺の対象とはならず、損害額を減額できない、と明示したもので、妥当な判断と思われる。