1、はじめに
現在、日本人の国際離婚は年間約1万件あり、当事者に外国籍を含む離婚訴訟は年間約600件提起されています(平成28年)。国際離婚が問題となる場面では、一方の当事者が日本を離れて外国に帰国してしまう例が少なくないので、日本に残された他方当事者が、日本で離婚を認めてもらうために、日本の裁判所に離婚訴訟を提起することができるか(日本の裁判所に管轄が認められるか)が大きな問題となります。
2、従来の考え方
従来、人事訴訟の国際裁判管轄について明文法は存在せず、条理(法の欠如を補充するために用いられる道理)や判例法にその解釈が委ねられていました。
管轄を日本に認めることの最大の不利益は、一方的に訴訟を提起される被告側の応訴の負担にあるので、被告の住所が日本にある場合に日本に裁判管轄を認めてよいことは、従来からの共通理解とされていました。その上で、被告の応訴負担を考慮しても、なお、原告の住む日本での訴訟提起を認めるべき場合があるのではないかという点が主たる議論の対象となってきました。
そのような中、人事訴訟法等の一部を改正する法律(以下「改正人事訴訟法」といいます)が成立し(平成30年4月25日公布)、国際的な裁判管轄の規定が整備されました。
3、改正人事訴訟法第3条の2< /p>
(1)被告の住所が日本にある場合(1号)
改正人事訴訟法第3条の2第1号も、従来の議論を踏襲し、被告の住所が日本にある場合には、日本での離婚訴訟の管轄を認めています。なお、「住所がない場合又は住所が知れない場合」には「居所」が日本にあれば足ります。移住国を転々とするような相手方であっても、その者が日本に滞在しているタイミングであれば離婚訴訟の提起は認められることになります。
(2)当事者の最後の共通の住所が日本国内にあった場合(6号)
当事者の最後の共通の住所が日本国内にあれば、その後相手方(被告)が外国に居住していたとしても日本で離婚訴訟を提起することができます。
かつて、一方が他方を日本に置き去りにして外国で行方をくらませてしまったという事案において、裁判所は、原告の住所が日本にあり、「原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合その他これに準ずる場合」に管轄を認めていました(最高裁判所昭和39年3月25日判決)。このような日本での原告遺棄事案については、今後は改正人事訴訟法第3条の2第6号でカバーされるものと考えられます。
(3)特別の事情による救済(7号)
7号によれば、原告の住所が日本にあり、かつ、被告が行方不明であるとき、かつ、被告の住所がある国においてされた離婚訴訟の確定判決が日本で効力を有しないとき等、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を図り、又は適正かつ迅速な審理の実現を確保することになる特別の事情があると認められるときには、日本での離婚訴訟の管轄が認められます。
被告が行方不明であること、外国判決の効力がないことはいずれも例示列挙なので、そのような事情がなくとも、事案に応じて特別の事情が認められる余地があります。今後、判例がいかなる事案でこの特別の事情を認めていくかという点が注目されます。
(4)管轄合意・応訴管轄の否定
改正人事訴訟法は、当事者が合意によって日本に管轄を認める管轄合意や、一方当事者が日本に訴訟を提起し、他方がそれに応訴した場合に日本の管轄を認める応訴管轄について規定を設けていません。これは、当事者の身分関係に関する人事訴訟の公益的性格を考慮して、当事者の意思のみによる管轄権を否定した趣旨と考えられています。
4、おわりに
改正人事訴訟法は平成31年4月1日から施行されます。国際裁判管轄は、訴訟の負担に大きくかかわる概念であることはもちろん、場合によっては、訴訟で用いる法律がどこの国の法であるかという重大な点にもかかわるものです(例えばフィリピン法では離婚は認められていません)。「条理」、「判例法」の時代を経て、明確化が図られた人事訴訟法の国際裁判管轄ですが、国際的な権利救済の確保に向けて、今後の動向が注目されます。