遺産分割協議の解除

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 被相続人が死亡して相続が発生した際に、共同相続人間で遺産の分け方について話し合い、その内容・方法について合意することを遺産分割協議といいます。
 遺産分割協議が成立すると、その合意内容にしたがって遺産を分割することになりますが、合意に含まれていた約束を一部の共同相続人が守らない場面全員の合意によって遺産分割協議をなかったことにして再度やり直したいという場面が生じることがあります。

ケースは異なりますが、同じく合意に基づいて成立する法律行為である売買契約を例にあげると、買主が売買代金を支払わず約束を守らない場合には買主は債務不履行を理由に契約を解除することができ、売主と買主との間でやはり売買契約をなかったことにしたいという場合には双方の合意により契約を合意解除することが可能です。

遺産分割協議についても、上記のような売買契約のケースと同じように債務不履行解除や合意解除を行うことができるのでしょうか。この点について判断を行った最高裁判例をご紹介します。


1、遺産分割協議の債務不履行解除
(1)判旨(否定、最判平成元年2月9日民集43巻2号1頁)
 「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の1人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであつても、他の相続人は民法541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。けだし、遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」
(2)コメント
 最高裁は、協議の成立とともに終了する遺産分割の性質や、債務不履行解除を認めた場合に生じる遺産の再分割による法的安定性への影響を踏まえて、遺産分割協議の債務不履行解除を明確に否定しました。このような考え方はその後の下級審裁判例にも受け継がれています(大阪地判平成26年2月20日裁判所Web、大阪高判平成27年3月6日裁判所Web)。

上記判例の事案は、遺産分割協議において、亡父Aの遺産の中で最大の価値を有する土地・工場等を取得した長男Yが、協議の中で、①次男、三男と兄弟として仲良く交際すること、②母Bと同居すること、③母Bを扶養すること、④祭祀を承継し祭事を誠実に実行することを約したものの、いずれも遵守されなかったため、他の共同相続人がAの債務不履行等を理由に遺産分割協議の解除を主張し、Aの取得した土地・工場等の更正登記手続を求めたという事案です。

遺産分割協議における負担(債務)は相続人間の債権債務関係になるに過ぎないという判例の立場によれば、長男Yが約束を遵守しなかった点について、他の共同相続人側は、損害賠償請求や扶養料請求等によって長男Yに対して債務の履行を求めることになります。

しかし、兄弟間で仲良く交際するという約束①などは相続人間の人的情誼に基礎を置くものであって、損害賠償請求や履行強制にはなじまないため、この点の不履行に対して他の共同相続人側の保護を図ることは難しいものと思われます。  

2、遺産分割協議の合意解除
(1)判旨(肯定、最判平成2年9月27日民集44巻6号995頁)
 「共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意によ り解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許されないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。」
(2)コメント
 合意解除の場合も、終わったはずの遺産分割協議をなかったことにして新たな遺産分割協議を行うことになるため、債務不履行解除と同様にその効力を否定すべきであるとする考え方もあり得るところです。

しかし、最高裁は、特に理由を述べることなく、遺産分割協議の合意解除の効力を認めました

遺産分割協議は成立とともに終了しますが、合意解除は当事者間の合意に基づく新たな契約という性質を有しているため、その合意に対応した法律関係を認めることは、必ずしも遺産分割協議の債務不履行解除が否定されることとは矛盾するとまではいえません。また、遺産分割の法的安定性という見地からも、共同相続人が合意によって従前の遺産分割協議を解除する場合には、既に再分割協議が整っていることが通常であり、少なくとも共同相続人間の対内的な安定性は損なわれません(なお、共同相続人以外との関係における対外的な安定性は民法545条1項但書、909条但書によって、手当てがなされています)。
参考:
民法545条1項
「当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
民法909条
「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

   
3、おわりに
 以上のように、判例によると、負担付きの遺産分割協議を行うに際しては、負担が遵守されなかったとしても、全員で合意解除ができるような例外的な場合を除いて、有効に成立した遺産分割協議の効力を覆すことはできません。
 したがって、負担付きの遺産分割協議を行うに際しては、上記のような判例も踏まえ、負担が遵守されない場合のリスクも十分に見込んだ上で慎重に合意を行う必要があります
 遺産分割協議につき、お悩みの点がある方は、お気軽に弁護士までご相談ください。