遺言者による持ち戻し免除の意思表示と遺留分侵害額請求

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<設例>
Aさんには2名の子(X、Y)があり、Yに自宅を含む不動産(価格5000万円)を生前贈与し、預貯金2000万円はXとYに等分に相続させる旨の遺言を残し、亡くなりました。なお、自宅を含む不動産の生前贈与については持ち戻し免除の意思表示がなされていました。


Q1: 「持ち戻し免除の意思表示」とは何でしょうか。
A1:
 共同相続人のなかに被相続人から特別受益(※)を受けた人(設例のY)がいる場合には、原則として、この特別受益を相続財産総額に加算して「みなし相続財産」としたうえで、各共同相続人の(一応の)相続分を算定します。そのうえで、特別受益を受けた相続人については、上記の(一応の)相続分からその特別受益の額を控除し、残額を具体的相続分とします。
 「持戻し免除の意思表示」とは、上記のように特別受益を相続財産に加算しなくてよいという被相続人(設例のAさん)の意思表示のことをいいます。特定の相続人に対し、法定相続分のほかに特別の利益を与えることを認めるものであり、共同相続人間の公平よりも、被相続人の意思を優先させるものです。

「特別受益」とは、相続人の中に、被相続人から遺贈や生前贈与によって特別の利益を受けた者がいる場合に、その相続人の受けた贈与等の利益のことをいいます


Q2: 持ち戻し免除の意思表示は書面でする必要がありますか。
A2:
 書面(例えば遺言)で意思表示をしておけば争いがないのですが、持ち戻し免除の意思表示は必ずしも書面でする必要はありません。逆にいうと書面化している例は少ないのです。
 そこで、明示または黙示の意思表示が争点となるのですが、黙示の持戻し免除の意思表示が認められるかは、①贈与の内容及び価額、②贈与がされた動機、③被相続人と受贈者である相続人との生活関係、④相続人及び被相続人の経済状態、⑤他の相続人が受けた贈与の内容・価額など諸般の事情を考慮して判断されることになります。
 裁判例でも、老年の妻に対し、被相続人が唯一の資産といってよい不動産の持ち分の過半を贈与したことにつき、「暗黙のうちに持ち戻し免除の意思表示をしたものと解するのが相当」としたものがあります(東京高等裁判所平成8年8月26日決定)。


Q3:この点は民法が改正され、長らく付き添った配偶者に対する住居の贈与は持ち戻し免除の意思が推定されると聞きました。
A3:
 よく勉強していますね。令和元年(2019年)7月1日に施行された改正相続法では、持ち戻し免除の推定規定が設けられました(民法903条4項)。婚姻期間が20年以上の配偶者間で居住用不動産が遺贈・贈与された場合、持ち戻し免除の意思表示が推定されることになったのです。
 長年連れ添った配偶者と同居していた土地・建物は、配偶者だけに与えるのが自然であることや、独り身になる配偶者の住居を確保する必要性などが根拠となっています。この推定規定が設けられたことで、遺言書などで持ち戻し免除の意思表示がなされていない場合でも、配偶者が遺産相続で不利益を被ることは少なくなりました。


Q4:生前贈与された不動産が持ち戻し免除の対象とされた場合、遺留分はどうなるのでしょうか。
A4:
 最高裁判所平成24年1月26日判決(判例タイムズ1369.124)は、持ち戻し免除の意思表示は遺留分の計算には影響しないとしました。遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人(遺留分権利者)について、被相続人の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分のことで、被相続人の生前の贈与又は遺贈によっても奪われることのないものです。ただし、遺留分侵害請求の対象となる贈与や遺贈には一定の条件があります(※)
 設例では、5000万円+2000万円=7000万円を基礎財産として、Xの遺留分は1/4の1750万円となります。他方、預貯金2000万円をXとYで等分に相続させる遺言によると各1000万円の取得となります。よって、YはXの遺留分を750万円侵害していることになり、XはYに対し侵害額の返還を請求することができます。

※令和元年施行の改正相続法では、相続人以外の者に対する贈与については、原則として相続開始前の1年間にしたものは、遺留分を計算するための財産として算入されます(1044条第1項)。また相続人に対する贈与については、原則として相続開始前の10年間にされたものに限って算入されることになりました(改正相続法1044条第3項)。