事業承継・会社分割と商号の続用責任

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Q1、会社法22条1項は、事業譲渡において譲受会社Yが譲渡会社Aの商号を続用する場合の債務弁済責任を定めていますが、その趣旨はどこにあるのですか。

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    A  →→→  Y
  譲渡会社    譲受会社
 
A1、
 事業が譲渡されても、A社の従前の債務が当然にY社に引き継がれるわけではありません。しかし、Y社がA社の商号を続用する場合、債権者Xとしては事業譲渡が行われたか否かわからず、また分かっていても債務が引き受けられたとの外観が生ずるので、債権者の外観に対する信頼を保護するため、Y社にもA社の債務を連帯して負わせようとしたのです。

 事業譲渡の中には、譲渡会社A社の経営が悪化した状況下で、債務をA社に残したまま新会社としてY社を設立しそこに事業譲渡をして再建をはかろうとする事例があります。そのような場合、債権者としては「法人格否認の法理」や「詐害行為取消権」によってY会社の責任を追及することが考えられますが、それぞれの適用要件はかなり厳格で使い勝手は必ずしも良くありません。そこで、商号の続用という要件さえ充足されれば比較的簡単にY社の責任を追及できる会社法22条1項が用いられるのです。
 

Q2、商号の続用とは、同一商号の場合を指すのでしょうか。

A2、
 同一商号を使用する場合の他、主要部分が共通するなどの類似の商号を使用する場合も含まれると解されます。裁判例では、譲渡会社A社の商号「仙禽酒造株式会社」、譲受会社Yの商号「株式会社せんきん」とを比較し、①両者の構成要素のうち主要かつ最も特徴的な部分の読みが共通で、譲受会社Yの商号に譲渡会社Aとの関連性の遮断を想起させる文字は用いられていないこと、②譲渡会社A社と譲受会社Y社が所在地や営業目的を同一にしていること、③営業に不可欠な免許や従業員の雇用も承継していること等を考慮し、Y社に対する会社法22条1項の適用を肯定したものがあります(宇都宮地裁平成22年3月15日判決)。
 

Q3、「商号」ではなく「屋号」が続用される場合はどうなりますか。

A3、
 近時、預託金会員制ゴルフクラブ運営会社の経営再建策として、預託金返還債務はA社に残したまま、Y社は商号を続用せず、ただし「○○カントリークラブ」というゴルフ場の名称のみを続用する場合があり、この事例で最高裁判所は、会社法22条1項が類推適用されるとしY社の返還債務を認めました(最高裁平成16年2月20日判決)。

 
Q4、では、会社分割で、事業の承継会社Yが被承継会社Aの名称を引き続き使用した場合、会社法22条1項の類推適用はありますか。

A4、
 この点について、「Bゴルフ倶楽部」という預託金会員制ゴルフクラブを経営していたA会社が会社分割をし、Y会社が設立されてA社の「Bゴルフ倶楽部」の事業を承継したが、Y社はA社の預託金返還債務を承継しなかった事案について、最高裁判所は、「ゴルフ場の事業が譲渡された場合だけでなく、会社分割に伴いゴルフ場の事業が他の会社又は設立会社に承継された場合にも」会社法22条1項は類推適用されるとしました(最高裁平成20年6月10日判決)。


Q5、商号を続用しても免責される制度はありますか。

A5、
 Y社が事業を譲り受けた後、遅滞なく、Y社がA社の債務を弁済する責任を負わない旨の登記をした場合、会社法22条1項は適用されません(同法同条2項)。
 具体的には、Y社は事業譲渡を受けたが、譲渡会社A社の債務について弁済する責任を負わない等との登記をすることになります。
 また、前掲最高裁判例からすると、会社分割の場合も、承継会社の商号続用責任の免責登記を行うことが重要です。
 なお、実務上はA社も商号変更をして「A社資産管理会社」などと変更しておくと、A社とY社の関連性が遮断されるので、商号続用責任を回避する手段として活用されています。