A(73歳)は平成28年10月の交通事故により脳挫傷の傷害を負い、平成30年4月1日症状固定となったが、介護を要する後遺障害が残った。Aは同年10月1日、加害者Yとの間で示談をし、既払い2500万円のほか将来施設費用、将来介護費用を含めて3000万円の賠償金(合計5500万円)を得た。 B市は介護保険の保険者であり、X国保連合会がB市に代わって介護保険の代位求償として、Yに対し、示談日までの介護保険料を請求した。Xの請求は認められるか。 1.被害者の加害者に対する損害賠償請求権 (1)被害者の加害者に対する損害賠償請求権の及ぶ損害は、原則として、症状固定日までの①医療関係費、②付添看護費(介護費を含む)、③休業損害、④入・通院慰謝料等となる。 (2)その他、将来請求として、被害者の症状により蓋然性の認められる損害として、⑤後遺障害による逸失利益、⑥将来介護費用・将来施設費用・将来雑費などがある。 (3)現在の裁判実務では、(1)(2)ともに、事故に遭った時に、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が発生するものとして扱われている。 2.介護保険法第21条 (1)同条1項は、いわゆる保険代位を定めた規定である。介護保険の保険者は市町村であり、介護保険の給付事由が交通事故等の第三者(加害者)の行為によって生じた場合において、保険者たる市町村は、その給付の価格の限度において、被保険者(被害者)が第三者(加害者)に対して有する損害賠償請求権を取得する旨を定めている。 よって、賠償請求権の代位取得の要件は、 ①給付事由が第三者の行為によって生じたこと ②当該事故に対してすでに給付を行ったこと ③当該被保険者の第三者に対する損害賠償請求権が現に存在していること とされている。 (2)同条2項は、被保険者(被害者)が、第三者(加害者)から、同一の事由について、賠償金を受領したときは、代位する損害賠償請求権がなくなる一方で、被害者は損害の填補を受けているから、市町村は、その価格の限度において被害者に対する介護保険給付が免責される。 (3)また、同条3項は、市町村は、代位により取得した損害賠償請求権の徴収業務を国民健康保険団体連合会に委託することができるとされており、実際、各都道府県の国民健康保険団体連合会がこれを取り扱っている。これは実務上、代位求償と呼ばれている。 3.示談の成立と代位求償の可否 Aは、平成30年10月1日に加害者Yとの間で示談が成立し、既払い2500万円のほか将来請求も含めた損害額3000万円の損害賠償を得ている。そこで、X国保連合会の介護保険料の代位求償との関係は、以下の通りとなる。 (1)症状固定日までの既発生の介護保険費用 2の(1)の①ないし③の要件が充足されれば、2の(3)により、XのYに対する介護保険料の代位請求が認められる。 (2)示談成立後の介護保険費用 示談により、Aは、今後加害者Yに請求しないとの清算条項が盛り込まれているので、2の(1)③でいう「被保険者の第三者に対する損害賠償請求権が存在すること」、という保険代位の根拠を欠くことになり、示談後の介護保険給付は代位請求が出来なくなる。 (3)症状固定日から示談成立までの介護保険費用 ①示談内容は既払い額の他、将来施設費用、将来介護費用を含めて3000万円を支払う内容 にて合意に至っている。 ②そうすると、Aは症状固定後の将来介護費用について、2の(2)にいう、第三者から同 一の事由について賠償金を受領しており、代位の対象となる損害賠償請求権は既になくな っている。 ③以上からすると、症状固定日である平成30年4月1日の翌日から示談成立日の平成30年10 月1日までのXの介護保険料の代位求償は認められないことになる。 |