~「下請法」は「中小受託取引適正化法」(又は「取適法」)へ~
1 はじめに
 皆さんは、「下請法」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。正式名称を「下請代金支払遅延等防止法」といい、立場の強い親事業者が立場の弱い下請事業者に対して行う“買いたたき”等の不当な扱いから守るための重要な法律です。
 下請法は、独占禁止法を補完する特別法として1956年に制定されました。独占禁止法は、公正かつ自由な競争を促すことが目的ですが、大企業を中心とした発注者側から中小企業を中心とした受注者側への不利な取引や支払い遅延などに対応することができませんでした。そこで、そのような弱い立場の下請業者を保護するため、下請法が制定されました。
(1)まず下請法の対象となる取引についてみますと、物品の製造・修理委託、情報成果物の作成・役務提供委託が法の規制対象となります。
製造委託とは、例えば機械メーカーが機械の部品製造を部品メーカーに委託すること
修理委託とは、例えばディーラーが請負った車の修理を他の修理業者に委託すること
情報成果物の作成とは、例えば住宅会社が建物設計図の作成を設計会社に委託すること
役務提供とは、例えば元請け運送事業者が下請運送業者に再委託すること
等々を指します。
(2)次に下請法の対象となる企業規模については、お互いの資本関係によって決まります。
ア 物品の製造・修理委託の場合
 親事業者の資本金が3億円超→下請事業者の資本金が3億円以下の場合
 親事業者の資本金が1000万円超3億円以下→下請事業者の資本金が1000万円以下の場合
イ 情報成果物の作成・役務提供委託の場合
 親事業者の資本金が5000万円超→下請事業者の資本金が5000万円以下の場合
 親事業者の資本金が1000万円超5000万円以下→下請事業者の資本金が1000万円以下の場合
が規制対象となります。
2 下請法の改正と施行
 ところが近時、物価の上昇・人件費の高騰などにも関わらず、下請事業者から親事業者に対する価格転嫁が進まず、特に中小企業や物流事業者が厳しい経営環境に置かれています。こうした状況を受けて、政府が抜本的な改正に踏み切り50年ぶりと言われる下請法の大改正が行われ、令和8年1月1日から施行されます。名称も「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(「中小受託取引適正化法」又は「取適法」)に変更となり、また法規制の内容も相当大きく変わりましたので、この点の注意も必要です。
3 下請法改正の主なポイント
 改正ポイントは以下の通りです。
(1) 用語の見直し
 「親事業者」   → 「委託事業者」
 「下請事業者」 → 「中小受託事業者」
 「下請代金」   → 「製造委託等代金」
 単なる上下関係を示す「下請」という表現から、より対等なビジネスパートナーとしての関係を意識した名称へと変更されました。
(2) 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止(買いたたき規制の強化)
 委託事業者は、中小受託事業者から代金額について協議を求められた際、協議に応じなかったり、必要な説明や情報提供をしないことで一方的に代金額を決定したりすることが明確に禁止されました。
 原材料費や人件費の高騰など、中小企業のコストが増加しているにもかかわらず、その価格転嫁が十分にできていない実態がありました。この改正により、委託事業者は、コスト上昇分を含めた価格交渉に真摯に応じ、合意形成に努める義務が課せられます。一方的な「買いたたき」を抑制し、中小企業の適正な利益確保を促す狙いです。
(3) 手形払等の禁止
 手形による支払いは禁止されます。また、電子記録債権やファクタリングなど、支払期日までに代金に相当する金額(手数料等を含む満額)を中小受託事業者が得ることが困難な支払手段も、同様に禁止の対象となります。
 従来の長期手形決済は、中小企業にとって割引手数料の負担や資金化までの期間が長く、資金繰りの大きな負担となっていました。この改正により、中小企業はより早く、かつ手数料負担なしに代金を現金化できるようになり、経営の安定化に寄与します。
(4)運送委託の対象取引への追加
 これまでは発荷主から物品の運送を委託された運送事業者が、業として役務の提供の全部または一部を他の運送事業者に委託すること(再委託)のみが規制の対象でしたが、これに加え、発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引が新たな規制対象として追加されます。
 物流業界においては、運賃の買いたたき、契約外の荷役作業の強制、長時間の荷待ちなど、不適切な取引慣行が問題視されていました。この改正により、運送事業者も中小受託事業者として保護され、より公正な取引が促されます。
(5)下請法の対象となる企業規模について従業員基準の追加
 従来の資本金基準に加え、以下の従業員数による新たな適用基準が設けられ、法の適用範囲が拡大されます。
 ア 物品の製造・修理委託の場合
 委託事業者の従業員数が300人超であって、中小受託事業者(個人を含む)の従業員数が300人以下のとき
 イ 情報成果物の作成・役務提供委託の場合
 委託事業者の従業員数が100人超であって、中小受託事業者(個人を含む)の従業員数が100人以下のとき
 資本金が少なくても、上記のように従業員数が多く実質的な影響力を持つ企業が、新たに委託事業者に該当し、改正法の規制対象となります。自社の取引先が委託事業者に該当するかどうかを、資本金と従業員数の両面で再確認する必要があります。
4 企業が取るべき対応
 今回の下請法改正は、企業がサプライチェーン全体における公正な取引慣行を再構築し、中小企業の持続的な成長を支援するための重要な機会です。令和8年1月1日の施行に向けて、各企業は法改正に対応した体制を整備することが求められます。
 法令違反による行政処分や信用毀損を回避するために実務レベルでの見直しが急務となります。具体的な内容は以下のとおりです。
(1) 取引契約書のひな形の見直し
 取引条件や支払い期日、委託内容を見直してください。
(2)支払い条件・検収条件の確認
 特に手形による決済は禁止されます。
 また、検収が未了だとして支払いを遅らせることは不当となります。
(3)社内研修の実施・マニュアル改訂などコンプライアンス体制を強化すること
(4) 早めの顧問弁護士・中小企業診断士などへのご相談