最高裁判所令和5年11月27日判決

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~抵当不動産の賃借人は、物上代位による賃料債権の差押え前に賃貸人との間でした、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と上記差押え後の期間に対応する賃料債権とを直ちに相殺する旨の合意の効力を抵当権者に対抗できない~

第1 事実の概要
1 Aは、平成29年1月、Y(賃借人)との間で、建物(以下「本件建物」という。)を次の約定で賃貸する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、同年10月1日、本件建物をYに引き渡した。
(1)期 間
 平成29年10月1日~平成39年(令和9年)9月30日
(2)賃 料
 月額198万円(引渡日から2か月間は月額99万円)
 毎月末日までに翌月分を支払う。
2 Yは、平成29年9月、Aに対し、弁済期を平成30年4月30日、無利息、遅延損害金を年2割として990万円を貸し付けた(以下、この貸付けに係る債権を「Y債権1」という。)。
3 Aは、平成29年10月26日、Xのために、本件建物について極度額を4億7400万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、その旨の登記をした。
4 Bは、平成29年11月、Yから弁済期を平成30年4月30日として3000万円を無利息で借り受け、また、Yとの間で、Yに対する建築請負工事に係る債務1000万円について、弁済期を同日とすることを約した。
 Aは、平成29年11月、Yに対し、Bの上記の各債務につき書面により連帯保証をした(以下、これに基づくYの連帯保証債権を「Y債権2」といい、Y債権1と併せて「Y債権」という。)。
5 Yは、平成30年4月30日、Y債権について、Aから10万円の弁済を受け、Aとの間で残債権合計4980万円の弁済期を平成31年1月15日に変更する旨合意した。
 Yは、平成31年1月15日、Aとの間で、本件賃貸借契約における同年4月分から平成32年(令和2年)1月分までの賃料の全額1980万円及び同年2月分から平成34年(令和4年)2月分までの賃料のうち3000万円(各月120万円)の合計4980万円の債務について、期限の利益を放棄した上で、この債務に係る債権(以下「本件賃料債権」という。)をY債権と対当額で相殺する旨の合意(以下「本件相殺合意」という。)をした。
6 Xは、令和元年8月7日、大阪地方裁判所に対し、本件根抵当権に基づく物上代位権の行使として、本件賃貸借契約に係る賃料債権のうち、差押命令の送達時に支払期にある分以降4000万円に満つるまでの部分を差押債権とする差押命令の申立てをした。
 上記申立てに基づき、同月9日、差押命令(以下「本件差押命令」という。)が発せられ、同月14日、Yに送達され、同年12月9日、Aに送達された(以下、本件差押命令により差し押さえられた賃料債権を「本件被差押債権」という。)。
7 Yは、令和3年5月19日までに、Xに対し、本件被差押債権の弁済として、令和2年2月分から令和3年4月分までの各月分につきそれぞれ78万円(賃料月額198万円から本件相殺合意の対象とされた120万円分を控除したもの)及び同年5月分につき40万円の合計1210万円を支払った。
8 Xは、本件差押命令により、本件賃料債権のうち、本件差押命令がYに送達された後の期間に対応する令和元年9月分から令和3年4月分までの3960万円及び同年5月分のうち40万円の合計4000万円を差し押さえたと主張して、これから上記の支払分を控除した部分(以下「本件将来賃料債権」とい う。)についての支払を求めているところ、Yは、本件相殺合意の効力をXに対抗することができると主張して争っている。
【概略】
①平成19年10月1日~
 A→Y 本件建物賃貸
②平成29年9月
 Y→A 990万円貸付(Y債権1発生)
③平成29年10月
 A→X 本件建物に根抵当権設定・登記
④平成29年11月
 A→Y BのYに対する4000万円の債務を連帯保証(Y債権2発生)
⑤平成30年4月30日
 A→Y 10万円弁済
 AとY 残債権合計4980万円の弁済期を平成31年1月15日に変更する旨合意
⑥平成31年1月15日
 AとY 本件相殺合意
⑦令和元年8月14日
 Xが申し立てた差押命令 Yに送達
⑧令和3年5月19日まで
 Y→X 1210万円を弁済


第2 原審の判断
 1 結論
   Xの請求を棄却。
 2 理由
 抵当不動産の賃借人が、抵当権者による物上代位権の行使としての差押えがされる前に、賃貸人に対する債権を自働債権とし、弁済期未到来の賃料債務について期限の利益を放棄して同債務に係る債権を受働債権とする相殺の意思表示をした場合には、相殺の効力を否定すべき理由はなく、その後に抵当権者が当該債権を差し押さえたとしても、差押えの効力が生ずる余地はない。
 このことは、合意による相殺をした場合であっても同様であって、Yは、Xに対し、本件相殺合意の効力を対抗することができる。

第3 最高裁判所の判断
 1 結論
   原判決破棄。Xの請求を認容
 2 理由
(1)賃借人が、差押えがされる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をした場合であっても、物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことが抵当権設定登記によって公示されており、これを登記後取得債権と相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきといえない。
 そうすると、上記合意は、将来賃料債権について対象債権として相殺することができる状態を作出した上でこれを上記差押え前に相殺することとしたものにすぎないというべきであって、その効力を抵当権の効力に優先させることは、抵当権者の利益を不当に害するものであり、相当でないというべきである。
 したがって、抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。
(2)以上を踏まえて本件につき検討すると、本件相殺合意の効力がYに対する本件差押命令の送達前に生じたか否かにかかわらず、本件相殺合意により本件将来賃料債権と対当額で消滅することとなる対象債権が本件根抵当権の設定登記の後に取得された本件被上告人債権2であるときは、Yは、本件相殺合意の効力をXに対抗することはできないこととなる。
 そして、前記事実関係等によれば、平成30年4月30日に弁済された10万円及び本件賃料債権のうち本件差押命令の送達前の期間に対応する賃料債権990万円(平成31年4月分から令和元年8月分までの賃料債権)は、まず本件被上告人債権1に充当されることになり、本件被上告人債権1(990万円)はこれによりその全部が消滅しているから、本件相殺合意の効力により本件将来賃料債権と対当額で消滅することとなる対象債権は本件被上告人債権2のみである。そうすると、Yは、物上代位権を行使して本件将来賃料債権を差し押さえた根抵当権者であるXに対し、本件相殺合意の効力を対抗することはできない。

→2790万円(4000万円-1210万円)の支払い義務を負う。

以上