1、まず会社法上は、定款の定めがない場合、株主総会の決議がなければそもそも退職慰労金請求権は発生しないとされています(会社法361条)。すなわち、退職慰労金の支給の有無、相当性は、株主総会の自主的判断に委ねられており、この決議は退職慰労金請求権の発生要件とも言えます。 これが大原則です。 ただし、例外として、株主総会の決議があったと同等の事由がある場合は、形式的には総会はないが退職慰労金の請求を認めることもあり得ます。 その例外は、裁判例を見ると以下のとおりです。 2、裁判例 ①京都地裁平成4年2月27日判決(判例時報1429.113) ⅰ株主総会や取締役会が一度も開催されたことがない代表取締役のワンマン会社で、 ⅱ代表取締役が退任取締役への退職慰労金の支給を決定し、本人にも通知したうえ、 ⅲ未払退職金を損益計算書に計上し、これに基づいて法人税の申告をした。 ⅳまた、本件の退職慰労金の支給決定は、当該会社において通常行われている意思 決定方法でもってなされた 以上の事実を認定したうえで、その支払いを拒否することは「衡平の理念」から 許されないとしたもの。 ここでは、会社法の規定ではなく、「衡平の理念」という一般条項を持ち出したも ので、特殊な事案と言えます。 ②東京高裁平成7年5月25日(判例タイムズ892.236) 同族会社で代表取締役が実質的に一人で会社を運営してきたという事情がある場合、 その代表取締役が他の取締役が退任するに際し、その取締役を被保険者とする生命 保険の解約返戻金を退職金とする旨の合意をしたという事例で、「株主総会の決議 事項について株主総会に代わり意思決定する等実質的に株主権を行使して会社を運 営する株主が唯一人である場合に、その一人の株主によって退職金の額が決定され たときは、実質上株主保護が図られ取締役のいわゆるお手盛りは防止されることに なるわけであり、したがって、株主総会の決議がなくともこれがあったと同視でき る」し、「株主総会が一度も開かれず、計算書類の承認、取締役の選任、退職金を 除く取締役の報酬等株主総会でなすべき事項がすべて○○によって意思決定がなさ れてきた場合には」代表取締役が決定した退職金を株主総会の決議がないことを 理由としてその支払いを拒むのは「信義則上」許されないとしたもの。 ここでも、会社法の規定ではなく、「信義則」という一般条項が持ち出されています。 ③最高裁平成21年12月18日判決(判例時報2068.151) 退職取締役から退職慰労金算定基準に関する内規に基づいて退職慰労金の支払いを 催告したところ、会社から内規の基づいて算定された金額が振り込まれたが、その後、 会社から株主総会を経ていないとして返還請求がなされた事案。 裁判所は、 ⅰ従前から退職慰労金は、株主総会の議を経ることなく、株式の99,24%を保有する代 表者が社内手続きを経て支給してきたこと、 ⅱ退職取締役が内規のもとずく退職慰労金の支払いを催告したところ、その約10日後 に送金されてきたこと、 ⅲ会社が退職慰労金の返還を求めたのは送金後1年近くを経ていたこと ⅳ以上からすると退任取締役が本件送金について代表者の決済を経たと信じたのは無 理からぬこと ⅴ退職取締役が従前退職慰労金を受領した取締役と同等以上に業績を上げてきたこと、 以上からすると会社がすでに送金した退職慰労金の返還を請求することは、「信義則に 反し、権利の乱用」として許されない、としたもの。 ここでも、会社法の規定ではなく「信義則」「権利の乱用」という一般条項を持ち 出しています。 3、このように見てくると、会社法の解釈として、一度も株主総会が開催されたこと がない会社であっても、株主総会の決議がなくとも取締役の退職慰労金支給が認めら れると速断することができないことが分かります。 裁判例で株主総会がないにもかかわらず退職慰労金請求が認められたのは、あくまで も、「衡平の観念」「信義則」「権利の乱用」を持ち出さざるを得ないほどの事案であったといえます。 |