最高裁判所令和4年7月14日判決

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~交通事故被害者に労災給付をした国が被害者に先んじて自賠責保険金を受領した事案につき、同受領が有効な弁済であると判断された事案~


1、事案の概要
①平成28年1月5日、Xが交通事故にて受傷。
②国は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、Xに対し、受傷に関し、労災保険給付として療養補償給付及び休業補償給付を行った。これらの価額の合計は864万2146円である。
 上記の労災保険給付を受けてもなお塡補されないXの人身損害の額は、440万1977円である。
③平成30年6月8日、XはY(自賠責保険の保険会社)に対し、上記損害について直接請 求権を行使した。
 同月14日、国も、Yに対し、上記労災保険給付を行ったことに伴い国に移転した直接請求権を行使した。
④これらを受けて、Yは、同年7月20日、Xに対して16万0788円を支払い、同月27日、国に対して103万9212円を支払った(自賠責保険の保険金額は、傷害による損害につき上限120万円である)。
⑤Xは、Yに対して、120万円から上記既払金16万0788円を控除した残額である103万9212円の支払を求めて訴えを提起した。


2、原審(大阪高等裁判所)の判断
結論:控訴棄却(請求認容) ※国への支払いは弁済として無効
理由:
 交通事故の被害者は、労災保険給付等を受けてもなお塡補されない損害(以下 「未塡補損害」という。)について直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる(最高裁平成30年9月27日第一小法廷判決参照)。

このことからすれば、被害者の有する直接請求権の額と同項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合に、自賠責保険の保険会社が、国に対し、被害者が国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につき支払をしたときは、当該支払は有効な弁済に当たらないというべきところ、本件支払は、Xが国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につきされたものであるから、有効な弁済に当たらない


3、最高裁の判断
結論:破棄自判(第1審判決を取り消す)※国への支払いは弁済として有効
理由:
①被害者は、未塡補損害について直接請求権を行使する場合は、他方で国に移転した直接請求権が行使され、各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができるものであるが(前掲最高裁平成30年9月27日第一小法廷判決)、このことは、被害者又は国が上記各直接請求権に基づき損害賠償額の支払を受けるにつき、被害者と国との間に相対的な優先劣後関係があることを意味するにとどまり、自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対してした損害賠償額の支払について、弁済としての効力を否定する根拠となるものではないというべきである(なお、国が、上記支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未塡補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論である。)。
②したがって、被害者の有する直接請求権の額と、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても、自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対して自賠責保険金額の限度でした損害賠償額の支払は、有効な弁済に当たると解するのが相当である。


4、コメント

最高裁は、保険会社から国に対して自賠責保険金として、103万9212円を支払ったことは有効な弁済に当たると判断したため、保険会社は上限である120万円全額を弁済したことになり、被害者を含む誰に対しても、それ以上の保険金を支払う義務はなくなったことになります(言い換えると被害者は保険会社に対して自賠責保険金を請求できなくなっています)。

一方で、最高裁は、「被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未塡補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論」と付言しているため、被害者は、国に優先して支払を受けるべきであった未塡補損害の額に相当する部分の返還を国に対して請求できることになります。

被害者としては、請求すべき相手方をしっかり見極めるべきであるということを示唆する事案といえます。

以上