労働契約書等が作成されなかった契約の内容の解釈と変更についての裁判例

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(東京地方裁判所平成30年3月9日判決)

1 事案の概要
 Xらは、居酒屋Yの調理スタッフ「月給25万円~40万円」「年齢・経験・能力などを考慮の上、給与額を決定」「9:30~23:00(実働8時間/シフト制)」などという労働条件の募集を見てYに応募し、Yと労働契約を締結しましたが、その際、YとXらとの間で労働条件の内容を明確に示す書面は作成されませんでした。
 Yは、Xらに対し残業時間や残業代を説明しないまま、残業代を含めた形でX1の賃金を月額40万円、X2の賃金を月額34万円と決定しましたが、Xらはこれらの賃金額が残業代を含まない基本給を意味すると考えていました。
 Xらは、過重な勤務状態等を背景としてYから退勤し、その後Yに対し、基本給がそれぞれ40万円と34万円であることを前提として、割増賃金等の支払いを求めて提訴しました。
 これに対し、Yは、Xらとの間で、毎月の賃金を基本給約17万円、技術手当3万円、皆勤手当2万円という賃金内容に変更することに合意したと主張しました。

2 判決の要旨
⑴労働契約の内容について
 求人広告その他の労働者募集のための労働条件の提示自体は、契約を成立させる意思表示ではないが、労働者が応募して労働契約を申し込むときは、上記労働条件提示の内容を当然に前提としているから、上記労働条件提示で、契約の内容を決定できるだけの事項が表示されている限り、使用者が上記労働条件提示の内容とは労働条件が異なることを表示せずに労働者を採用したときは、労働者からの上記労働条件提示の内容で労働契約が成立したというべきである。この場合、使用者の内心において、上記労働条件提示の内容で労働契約を締結する意思がなくても、労働者がそのことを知り、又は知ることができた場合でない限り、労働契約は無効にならない(民法93条)。
 なお、各賃金額に残業代が含まれるかについては、X2とYとの間の労働契約締結前の協議では、固定残業代の定め、内容、想定される残業時間は話題になっていないことに照らしても、残業代は含まれていない(「総支給額」は「(残業代を含めずに)基本給及び諸手当を合計した金額」という意味)と解釈すべきである。
⑵合意による労働契約変更の有無について
 当初の労働契約で定まる賃金内容と比較するとYの主張する合意は、賃金を労働者に不利に変更するものであるから、合意を成立させる労働者の同意の有無は慎重に判断されるべきであり、労働者の行為の有無のみでなく、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断されるべきである。
 そして、本件においては、どのような話し合いを経てXらとYとの間で合意がされたのか等につきXの代表者Aの供述内容は具体的でなく、むしろ、Xらの苦情を受けて、独断で賃金の区分方法やその金額の変更を決定したように窺われること、変更に至る経緯に照らし、Xらが十分な話し合いを経ないで賃金に関する合意に応じるとは考えにくいこと、当事者間の合意内容をうかがわせる書面は作成されていないこと等の事情を考慮すれば、Xらが合意内容に同意し、かつその同意がXらの自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない。

3 まとめ
 本判決は、契約内容について、書面等の客観的な手掛かりが乏しい事案において、契約締結過程で労働者が当然のことと考えていた労働条件が「申込み」の内容となると構成する解釈を通して、労働者の期待を法的に実現するものであるといえます。
 また、本判決は、契約内容の変更についての合意の成否、有効性判断に関しても判断しており、実務上注目されます。