(最高裁判所平成27年11月20日判決)
1、事案の概要
Aは昭和61年6月22日、罫線が印刷された1枚の用紙に同人の遺産の大半をYに相続させる内容の自筆遺言書を作成しました。Aは平成14年に死亡し、本件遺言書が発見されましたが、その時点の遺言書には文面全体の左上から右下にかけて赤色のボールペンで1本の斜線が引かれていました。なお、本件斜線はAが故意に引いたものとの事実関係が確認されています。
原審は、本件斜線が引かれた後も遺言書の元の文字が判読できる以上、本件遺言書に故意に斜線を引く行為は、民法1024条前段により遺言を撤回したものとみなされる「故意に遺言書を破棄したとき」には該当しないとしてXの遺言無効の訴えを退けました。そこで、Xが上告。
2、最高裁の判決
最高裁判決は、本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとして、そこに記載された遺言のすべての効力を失わせる意思の表れと見るのが相当として、民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するとして、原審を破棄しXの遺言無効の訴えを認めました。
3、コメント
民法1024条前段は、「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす」と規定しています。遺言書を破り捨てるなど物理的に破棄した場合や、遺言書の全部または一部を塗りつぶしたりした場合は「破棄したとき」に該当しますが、元の文字が判読できるような斜線を引いた場合はどのように解釈したらよいのでしょうか。
他方、民法968条2項は遺言書の内容を加除訂正するときには同条項所定の方法で行わなければならず、これに反する加除訂正は認められませんので、依然として元の文言が遺言として効力を有することになります。原審はこの点をとらえて、斜線が引かれた遺言は加除訂正に該当せず、元の文言通り遺言は有効と判断したものです。
さて、どちらが一般の意識に合致するかですが、民法の遺言における厳格な要式性の要求は本件にそぐわず、最高裁の判決を支持すべきと思われます。もっとも、本件斜線はAが故意に引いたものとの事実関係が確認されているからよいものの、誰が赤色ボールペンで斜線を引いたか不明な場合、「遺言者が故意に」引いたとの立証ができず、遺言は有効となることも考えられます。
そこで、自筆証書遺言は不正や混乱が生ずる可能性があるので、これを避けるためにも公正証書遺言をお勧めします。